第13章02 鉱石採掘

 翌朝。

 アンバーの甲板ハッチが開いて護が甲板上に出て来ると、両腕を上げ、晴れた空に向かってウーンと伸びをする。

「いい天気! 布団干ししたいなー」

 続いてハッチから甲板上に出て来たマゼンタが「イェソドでそれは恥ずかしいから止めといた方が」

「昔、ブルーアゲートに居た頃さ、天気がいいとまず皆で甲板に布団干しだったな」

 マゼンタは怒ったように「知ってます! 護さんがブルーからアンバーに来た最初の頃、晴れた日は布団干せってうるさかったもん」

「あ、そうだったか」

「ですよ! シーツ洗濯しろだの部屋は整理整頓だのゴハンは残すなだの」

 護は顔を赤くして「あああああ」と言い、頭を抱えて「最初そんな事、言ってたなー」

「布団なんか乾燥機でいいじゃないですか! 自分で適当にやるからいちいち指示すんなーって思ってた!」

「そうそれで穣さんと大ゲンカしてさ、それで指示しなくなったんだ、俺」

 ハァと大きな溜息をついた護はクッタリして「だって俺、ブルーでずっとそうだったし。長兄の満さんが厳しくて」

「ブルーって今もそうなんですよね?」

「……だと思うよ。長兄が採掘監督でいる限りは」

 マゼンタはプルプルと震えるフリをして「怖すぎ!」と言ってから「以前、護さん達と入れ替わりにアンバーからブルーに移動になったウッドさん達、無事かなぁ……」

「……」護は無言で首を傾げる。

「俺、アンバーで良かったぁ!」

 腕を広げて空に万歳したマゼンタは、ハッとして「でも今後、もしブルーに移動になったらどーしよう!」

「まぁそれは覚悟するしか……」

「嫌だぁぁぁブルーに行く位なら、頑張って黒船を目指しまぁーす!」

「または、ブルーはブルーでもブルートパーズという手もあるぞ?」

「へ?」

 マゼンタはキョトンとして「あっ、有翼種のカルナギさんの船、ブルートパーズか! ……俺、怪力とか探知とか無いけど何か仕事ある?」

「……」

 護は腕を組んで少し考えると「作業する皆を応援するとか」

 途端にガックリするマゼンタの肩を掴んで「冗談、冗談!」と言いつつ「まぁ何か仕事あるって。別にブルートパーズでなくても、他の船でも、船じゃなくても」

「俺なんかを雇ってくれるとこある?」

「そりゃマゼンタ君次第だ。剣菱船長みたいに、どうしてもお願いします! って真剣に自分の気持ち伝えたら、相手はヨシ! って言ってくれるかもしれない」

「ああー」

 マゼンタは護を見て「なんか護さん見てると、俺も変われそうな気がして来る」

「へ? ……そうなのか。まぁガンバレ!」

 護は微笑みつつポンポンとマゼンタの頭を軽く叩く。


 食堂では剣菱が穣やネイビー達と朝食を食べている。

「昨日は寝すぎた……。昼寝して起きたら夜で、遅い夕飯食ってシャワー浴びてまた寝て。この船でこんなに寝たの初めてだな」

 剣菱はそう言って漬物を箸で摘まんでパクリと口に入れる。

「たまにはいいじゃん」とネイビーが言うと、剣菱は

「せっかくイェソドに来たのに寝てばかりってのはどうなんだ」と言い、目玉焼きを箸で切ってご飯の上に乗せながら「んで、今日のご予定は?」

「臨機応変!」

 続いて穣が「そもそもカルロスまだ来てないし」

「来てない? あの人どっか行ったの?」

「街の宿に泊まると。まぁ気にしなくていいです」



 30分後。

 カルロスが右手にキャリーバッグを引き、左手に何かが入った布袋を提げて、アンバーのタラップを上がって来る。採掘準備室に入ると悠斗と健、オリオンがモップで床掃除をしている。

「おはよう」

 カルロスが挨拶すると、三人も「おはようっす」「おはようです」等と返す。

 採掘準備室の奥の階段室に入り、階段を上がって通路に出ると、今度はモップで床を拭いている透と出くわす。

「あ、カルロスさん、おはよー」

「朝の掃除か」

「うん」

 カルロスはちょっと考えると、何かが入った布袋を透に差し出す。

「これ、皆に配布してくれ」

「え。何ですか?」

「カードケース。まぁ使わなくてもいいけど、これにイェソドの身分証明を入れるといいかもなと」

「ええ」

 透はちょっと驚きながら布袋を受け取り、中を見る。

「もしかして買って来たとか?」

 カルロスは「うん」と言いテクテクと食堂の方へ歩いていく。

 透は慌てて「ちょっ、ちょっと自分で渡しなよ!」

 カルロスは振り向きもせず「頼んだ!」

「いやアンタわざわざ買って来たならアンタが」

 するとカルロスは立ち止まって振り向き、困ったような照れた顔で透に言う。

「……どうしても恥ずかしいんだ。頼む。すまん……」

 思わず目を丸くする透。

 (こっ、この人ってこんな顔するんだ……)

「……うん、分かった……」


 アンバーの甲板には朝食を終えた穣と剣宮がゴロンと仰向けに寝っ転がっている。護とマゼンタの姿は無い。

 穣が呟く。

「ヒマだ……」

 剣宮も「ヒマですねぇ……」と言い欠伸をしてから「掃除も終わったし……」

「イェソドでこんなにヒマになるとは思わんかった。早く来い有翼種ー」

 そこへ甲板ハッチから透が顔を出して二人を見て言う。

「いた! ここに居たのか」

「んー?」

 穣は頭を上げてチラリと透を見る。

 透はハッチ内にある甲板に上がる為のちょっとした階段を一段だけ上がり、上半身だけ甲板上に出して布袋からカードケースを二個出すと、穣達の方に差し出して言う。

「これ、カルロスさんからプレゼントだって」

 穣と剣宮は「はぁ?」と驚き同時に上体を起こす。

 穣はカードケースを受け取って「あれ、これ護のと同じケテル石の奴やん。もしかしてアイツ、街でこれ買って来たのか」

「うん。そうらしい」

 剣宮もカードケースを受け取って「ほぉ。キレイだなケテル石」

 穣が「ケテル、俺達の方だとバカ高いからな」と言うと、透も「うん、鉱砂しかないし。こんなの無いよ」

「ほぉぉ」とカードケースをしげしげ見つめた剣宮は「流石は元・黒船の採掘監督。お金持ち……」と呟く。

「いやいや」穣は手を振って否定し「俺達の金はこっちで使えないだろ」

「あ、そうか」

「あいつ、こっちでは難儀してるようだし、大して金持ってない筈だぞ?」

「あー……」

「まぁ何か知らんが、あいつなりに思う所があるんじゃねぇの。一応は『逃亡者』だし」

 透が少し微笑んで「あの人、照れ屋さんだよな。不器用で」

 剣宮も「ですよね」と笑う。

「だよなぁ。いきなりプレゼントとか、驚くやんけー」

 穣がアハハと笑った途端、上から「おはようございます」と声。

 ビックリしてふと見ると、すぐ上にニヤニヤ笑っているターさんが。更にその上にレトラと二人の警備の有翼種が浮いている。

「わぁ!」

 目を見開いて驚く三人。

 ターさんが「ビックリしただろう!」と言い、穣は「ビ、ビックリした、音も無く来るとは!」と言いつつ慌てて立ち上がる。

 剣宮は思わずその場に正座して「な、中へどうぞ、船内へ!」と右手でハッチを指し示し、透は慌ててハッチ内の壁に付いている船内電話の受話器を取る。

「透です、船長、有翼種の方が来ましたぁー!」



 ブリッジ前の通路に、剣菱と護とカルロス、有翼種四人、そして様子を見に来たアンバーのメンバー達が集っている。

 レトラは「まず最初に、こちらを」と小さな封筒を差し出して「カナンさんのご兄弟の身分証明書です」

 剣菱は「あ、じゃあアンタ」と右手でカルロスを指差し、カルロスはレトラから「ありがとうございます」と封筒を受け取る。

「次に、あなた方が今回イェソド鉱石を採掘するのは許可しますが、今後の採掘について、そして黒船をイェソドに入れるかどうかの判断は、黒船がイェソドに来てからにします」

 思わず「えっ」と声を発するカルロス。剣菱や護も驚いた顔になる。

「実際に乗員に会ってみないとどのような人々か分かりませんので。過去の歴史を考えると慎重にならざるを得ない。ご理解下さい」

 護が「そうですか……」と落胆した声で言い、カルロスは

「仕方がありませんね。すると、カナンさんに会うのは」

「カナンさんは、我々がターメリックさんの家まで連れて行きます」

「えっ。……つまり、コクマではなく、ターさんの家で会わせると?」

「はい。まぁ、その後は状況を見てからの事になります」

「なるほど」

 返事をしながらカルロスは考える。

 (まぁ周防をカナンさんに会わせる事が第一だ。場所はどこでもいい。仮にもし黒船が街に入れなかったとしても、有翼種に会ったり、死然雲海で採掘したりするだけでも新たな視野が拓けるだろうし、意味はある)

 レトラは一同を見回して

「ではご兄弟を4日後の午前中に連れて来て下さい」

 カルロスと剣菱が「承知しました」と答える。

「他に何か質問が無ければ、今からイェソド鉱石の採掘場まで案内します」



 採掘船停泊所を飛び立ったアンバーは、ケセドの街を後にして山裾の河原の近くへ移動する。

 見れば河原も、その近くの崖も、殆どがイェソド鉱石で、崖の中腹に開いた穴からはキラキラ光る鉱石水が川へ流れ落ちている。レトラや警備の有翼種が居るのでアンバーのメンバー達は騒ぐ事は控えたが、ブリッジ入り口の野次馬達は勿論、穣も内心、テンションが上がりまくって仕方がない。

 船は高度を落として崖の手前の河原の上に停止する。船底の採掘口を開けるとすぐに採掘メンバー達がコンテナや道具を持って鉱石だらけの河原に飛び降りて来る。

 穣は周囲の鉱石を見て「すっ、げぇ……」と目を見開く。

 マゼンタが「これは河原の石拾いだけで仕事が終わる!」と叫び、悠斗も「川の水まで採れちゃいそう!」

 そこへレトラが「我々はこれで失礼します」と言い、慌てて穣が「あ、はい!」と返事し、他のメンバー達もレトラと二人の警備の有翼種達に向かって姿勢を正す。

 カルロスがレトラに「4日後、宜しくお願い致します」と言い、レトラは「では」と言って二人の有翼種と共に飛び上がる。飛び去る三人に向かって穣が「ありがとうございました!」と礼を言い、続いてメンバー達も「ありがとうございました!」と叫びながら各自手を振ったりお辞儀をしたりする。

 残ったターさんが一同に向かって言う。

「俺も仕事手伝うから、何か余ってる道具貸して」

「えっ」と驚く穣。

 悠斗が「いや、別に」と言い掛けるがターさんは「やらせてよ。皆と一緒にやりたいんだ。邪魔しないからさ」

 護が自分の持つ白石斧をターさんに差し出して「俺の斧をターさんに貸そう! 俺は運搬をする!」

「ほいさ」

 護から斧を受け取るターさん。

 穣が一同に言う。

「じゃあ作業開始だ、俺バリアするからオリオン君、発破よろしう! ……皆、採りまくるぞ!」


 オリオンの発破で崖の鉱石層を崩し、穣やマゼンタ達が細かい鉱石の欠片をスコップでコンテナに詰める。カルロスとターさんは黒石剣と白石斧で鉱石の塊を切り出し、コンテナに詰めて、鉱石が詰まったコンテナは、怪力メンバーが船に運んで手際良く貨物室に積んでいく。

 そんな一同を興味深げに見守る数匹の妖精達。


「それにしても、剣で石を切るとか……」

 穣がカルロスの作業を見ながら言う。

「アンタの探知が趣味という意味が分かったよ」

「だろう? ……本業は石切りと雲海切りなんだ」

「……黒船の奴らが見たらビビるな」と言った所に護の大声。

「採掘監督ー!」

「どーした?」

 船の方から走って来た護は「貨物室、あとコンテナ4つ分で満タンですが、甲板まで積みますか?」と尋ねる。

 穣の横で、崩れた鉱石をスコップで掻き集めていた透が驚く。

「もう貨物室が満タンなの? 早いね!」

 穣は「んー、甲板積みすると船の速度出せなくて帰りが遅くなるから、今回はいいや」と言い「貨物室満タンか。こんだけ採ったの久しぶりじゃね?」と近くで作業する一同を見る。

 マゼンタが言う。

「だって少し前までヤル気ゼロだったもーん!」

 悠斗も「なぁ? 仕事が辛くて辛くて」と同意し「こんなに凄い鉱石を採って行ったら本部の人たち喜ぶなぁ!」

「あと黒船に自慢できるしぃ!」

 その声に、カルロスがマゼンタを見て大きな声で「なんだって?」

 マゼンタはカルロスを見て「何だろう!」とニッコリ。

 穣は「だがなぁ……」と言って一旦言葉を切ると、神妙な顔で「管理さんが、どう反応するかはワカランのよな。あいつら絶対人工種の上に立っていたい人々だから、もっと採ってこいとか言いそうな気はする。こっちが有翼種と交渉して何とか採掘許可を得たという事は無視だろうし」

「……」

 一同、ちょっと作業の手を止めて穣を見る。穣は続けて

「そもそも管理にとってアンバーはあんまり重要じゃねぇんだ。問題は黒船で、周防先生をイェソドに連れて行く時が本番。……ちょっと怖いよな、管理をガン無視してイェソドに行くのはいいが、ジャスパーに帰って来た時に管理がどんな反応するか」

「でも鉱石採って帰るんだろ?」と悠斗が言い「黒船とアンバーの二隻が、こんな凄い鉱石を満載して戻ったら、管理さん文句言わないと思うけどな」

「普通は、そうなんだが。……まぁ、何にせよ、やってみないとワカランな」

 穣はふぅ、と溜息をつくと「とりあえず今日は黒船に勝とうぜー!」と空に向かって右拳を上げる。

 護が「よし、勝とう!」透が「そうだそうだー!」悠斗も「絶対勝てるぅ!」そしてマゼンタがカルロスを見ながら「打倒、黒船!」

 カルロスは小声で「このやろー」と呟き「ズルいぞ、フェアじゃないし。だが一度くらいは勝たせてやろう」とブツクサ呟く。

 穣が言う。

「じゃあ皆、とっとと貨物室を満タンにしてジャスパーに戻ろう」

「ほーい!」「へーい!」

 各自、作業再開しつつ返事をする。



 ブリッジのスピーカーから穣の声が流れて来る。

『皆さん、朗報です。貨物室がイェソド鉱石で埋まりました!』

「おおー!」

 剣菱とネイビー、マリアがパチパチと拍手する。

『……って事でブリッジ、採掘口閉鎖完了です!』

 剣菱は船内電話の受話器を取り「おめでとうありがとう、了解です! ……では本船はジャスパーに向かって発進します!」と返事をする。

 ネイビーは操縦席の計器を見て嬉し気に「久々に船が重い!」

 そこへターさんがブリッジに入って来る。

「剣菱船長」

「お、ターさん」

「俺はここで失礼します。街で買い物して帰るので」

 剣菱は「そうですか」と言いつつ椅子から立ち上がりターさんの前に立つと、握手しながら「色々と、本当にありがとう」

「こちらこそ。皆と採掘出来たし、楽しかった」

「4日後。また宜しくお願い致します」

「はい。噂の黒船がどんな船なのか、楽しみにしてますよ! それでは」

 ターさんはブリッジから通路に出ると、待っていた護達に「上から帰るね」と言い、ブリッジの入り口に立つ剣菱に手を振って、見送りの皆と共に甲板ハッチへ通路を歩く。

 護がハッチを開け、甲板に出たターさんは、皆に手を振り「じゃあまたねー」と言って上空へ。

「またなターさん」「4日後になー」

 街の方へ飛び去るターさんを見送る一同。

 穣が皆に言う。

「よし、戻ろう。今日の採掘量はアンバーが絶対的第一位だ!」

 カルロスがボソッと「黒船も向こうで頑張ってるんだぞ……」

「へいへい!」



 数時間後。

 黒船は外地に近い荒れ地の岩場で採掘作業をしている。

 昴の発破で崩した鉱石を皆でコンテナに詰めながら、夏樹が溜息をつく。

「やっぱり気になる」

 作業の手を止め、空を見ると、小さな船影が一つ。

「朝からずっとウロチョロと……。監視付きで作業するって、俺らは囚人か?」

 昴がスコップで鉱石を集めつつ「管理だから管理が仕事」と呟く。

「……管理と監視は違う気が」

 メリッサが言う。

「まぁアンバーがどっか行ったから不安なのよ、黒いのも、どっか行くんじゃないかと」

 夏樹は溜息をついて「……まぁ、行く予定はあるけどな」と言ってスコップを持ち直し、再び作業を始める。

 上総もスコップで鉱石をすくい上げつつ、ポツリと呟く。

「頑張って、周防先生を連れて行かなきゃ。絶対に……」そこで「あっ」と何かに気づいて作業の手を止め、空を見上げる。

 その様子を見た昴が「もしかして?」

「アッチから来る」

 空の彼方を指差す上総。皆、作業を止めてその方向を見る。遠方に小さな点が見える。

 上総が驚いて言う。

「うわ、凄いイェソドエネルギー。貨物室が鉱石で満タン!」

「なにぃ?」とレンブラント。

「……って事は!」とメリッサ。

 ジェッソが頷いて「首尾は上々という感じか」と微笑む。

 上総は続けて「黒船より鉱石積んでるアンバーなんて初めてです。今日は向こうが第一位だなぁ。あ、低空飛行してきたー!」

 レンブラントが船影に向かって苦笑しながら「自慢かっ!」と叫ぶ。

 徐々に速度と高度を落としたアンバーは低空で接近し、黒船の船体とメンバー達の真上を通過して行く。

 上総はアンバーに手を振って見送るが、他のメンバーは何もせず見送る。

 ジェッソがニヤリと笑いながら「ライバルに手は振らん!」と言い、一同に向かって「皆。以前、黒船はアンバーの分まで採ってやったよな?」

 昴が「うん」と大きく頷く。

 レンブラントも頷いて「アンバーがサボってたから!」

「アンバーが大量に採って来たなら今日はこの辺で終わりにするか!」

 ジェッソの言葉に一同「えっ」と驚いた顔になる。ジェッソは続けて

「真の勝負は二隻が一緒にイェソドで、同じ場所で鉱石採掘する時だ」

「おぉ!」

 レンブラントが「だよなぁ、片方だけイェソドってのはフェアじゃねーし!」

 メリッサも「そーよねー! 同じ土俵じゃないと!」

 夏樹は「そもそも監視されててヤル気出ないし!」

「って事で今日はもう撤収!」

 ジェッソの号令で一同「おー!」と撤収作業を開始する。



 翌日の午後。

 SSFの門の前に、ラフな普段着にカジュアルな小振りの黒いカバンを持ったカルロスが一人、佇んでいる。ちょっと悩むような仕草をして、ふぅと溜息をついてから、門の中に入りテクテク歩いて正面玄関から建物の中に入ると受付の女性に挨拶する。

「こんにちは、カモミールさん」

「あら。ようこそカルロスさん」

 カルロスはカバンから白い封筒を出すと、受付に差し出す。

「これを周防先生に渡して頂けますか。イェソドで貰って来た周防先生の身分証明書です」

「イェソドの……!」カモミールはちょっと驚いてから、封筒を受け取ろうとして「あ、でも。今そこに周防先生が居るから直接渡した方が」

「私はこれから用事がありまして」

 カモミールは「せっかくだから会って行けばいいのに。周防先生ー!」と事務所の奥に向かって叫ぶ。

 すると事務所の奥の休憩室から周防が出て来て「どーした?」と言いつつカモミールの所に来る。

「カルロスさんが」続きを言う前にカルロスが「身分証明もってきた」と言い「金曜の朝8時に黒船とアンバーがSSFにアンタを迎えに来る。詳しい事はその封筒の中の紙に書いてる。後で読んでくれ」

「了解」と言いつつ白い封筒を手に取る。

「あと、これ。もし良かったら身分証明入れるのに使ってくれ」

 カルロスはカバンからケテル石のカードケースを出し、受付に差し出す。

 周防はそのカードケースを手に取り、しげしげと見て「これ、ケテル石の?」

 カルロスは若干恥ずかしそうに「うん。イェソドで買って来た」と目を逸らす。

 驚いたように「ほう?」と言った周防は微笑んで「ありがとう。大事に使うよ」

 周防と目線を合わせないまま、カルロスは早口で「では私はこれから教習所なので失礼します」と言い、そそくさとその場から去る。

 (あいつが私にプレゼントとは……)

 嬉しさに、満面の笑みを浮かべてカードケースを見つめる周防。

 カモミールが「良かったですね」とニッコリ笑う。

 周防は少し照れながら

「……うん」


 SSFを出たカルロスは、護が待つ近くの喫茶店へ急ぐ。

 店内に入ると、窓際のカウンター席でカフェオレを飲みつつ小型船の教本を読んでいる護の横に座る。

 護はカルロスを見て「渡して来た?」

「うん」

「じゃあ後は出発の日まで教習所頑張ろう」

 カルロスはカバンから教本を出して溜息をつく。

「学科ってメンドイよなー」

「んでも皆は今日も採掘を頑張ってんだから俺らも頑張らんと。しかし昨日の夜さ、本部の奴ら、ビビってたね。鉱石のスゴさに」

「当然だ。鉱石貯蔵施設の奴らも、あんな質の良い鉱石、初めて見るだろうし」

「でも昨日がアレだとさ、今日は皆、ヤル気出なかったりして……」


 ……その頃のアンバー。

 採掘準備室で穣が皆に気合を入れている。

「よっしゃあ皆、黒船に負けないようにガッツリ採るぜぇー!」

 マゼンタ達がブーブーと反論する。

「えー。負けてもいいんじゃ」

「昨日あんなに採ったしー」

「ヤル気でなーい」

 穣は「まぁまぁ」と皆をなだめてから

「昨日はイェソド、今日は内地で黒船と同じ土俵だろ? 黒船の大事な相棒としては、本気で採ってあげないと」

「大事な相棒?!」

 一同ビックリする。

 マゼンタが「初耳なんですけど」と言い、透は「いつからそんな事に」と首を傾げる。

 穣は言う。

「だってウチの護と黒船のカルロスがくっついちまったやん。だから二隻は相棒関係! 相棒がションボリしてたら向こうも張り合い無いだろ? 黒船と互角に張れるのはブルーではなくアンバーだ。頑張るべー」

 マゼンタ達は皆、首を傾げて、頭に大きなハテナマークを浮かべる。

「そ、そうなの?」「そうなのかなぁ?」

 そこへ悠斗がウムと頷いて「確かに俺達が頑張らないと、黒船さんも張り合いが無くてヤル気が出ないか」と言い「あと数日、管理さんに変な勘繰り入れられないよう、イイコにしよう!」

 マゼンタ達はハッと目を見開いて「なるほどー!」

「悠斗、ナイス!」拍手する穣。

 

 ……マゼンタ達のヤル気が出た頃、喫茶店でカルロスが呟く。

「まぁアンバーのヤル気なんざどうでもいいんだが」

「えー! 黒船のライバルなのに」

「そんな事より私のヤル気が下がり気味だ。学科メンドイ……石茶が飲みたい……」

 教本を手にクッタリするカルロス。護が言う。

「ここを頑張れば石茶が飲める! 今はコーヒーで我慢だカルさん。コーヒー注文しておいで」

「くぅ。あと数日か……」と呟きながら、カルロスは注文カウンターへ歩いて行く。


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