第16章01 鉱石の妖精と
ケセドの街に戻って来た黒船とアンバーは、先導船に従って街外れの採掘船停泊所へ向かう。
アンバーの前を飛ぶ黒船のブリッジでは、上総が興味深げに船窓から見える景色を眺めつつ「わぁ」とか「おぉ」と声を上げている。
「高度下げたから街がよく見える! これがカルロスさんが暮らす街かぁ! なんか庶民的な街だー商店街あるー行ってみたいー!」
レトラが言う。
「和解したのでもう、身分証明書さえ持っていれば、どこの街でも自由に行けますよ」
上総はパッと顔を輝かせるが、すぐに「あれ?」と首を傾げて「そう言えば、お金って」とレトラを見る。すかさずカルロスが言う。
「向こうの金は、こっちでは使えないぞ。勿論、交換する事も出来ない」
「あぁ、そうかぁ……」
トーンダウンした上総は小声で「見学だけでもしたいなぁ」と呟きながら再び船窓の景色を眺める。
レトラは操縦席の傍に来て、総司に指示をする。
「あとはもう、このまま直進すれば停泊所です。一応、二隻分の場所は確保してありますが、今の時間、結構空いているので好きな所に着陸していいですよ」
「はい」
続いてレトラは船長席の方へ行き、駿河に向かって「恐らく人間の世界でも同様でしょうが、イェソドでも船が街中を飛ぶ時には飛び方のルールがあります。しかし今それを教えるのは無理なので、船で、イェソドの『壁』の内側を移動する時には、事故防止の為に必ず先導できる有翼種の船と一緒に飛ぶか、この通信機で我々を呼んで下さい」と言い、肩から斜め掛けにしたショルダーバッグからスマホのような、手のひらサイズの黒く薄い長方形の携帯通信機を取り出す。
「この画面を触ってロックを外すと中央の丸印が出て、これを触ると我々に繋がります。何かあったら連絡して下さい」
言いながらそれを駿河に渡すと「これを後でアンバーにも渡しておきます」
「何ならアンバーの分も預かりますよ。後で渡しておきます」
「ではお願いします」
バッグからアンバー色の通信機を出して駿河に渡す。
「それでは私はここで失礼します。上から出られますよね?」
一瞬「え?」と驚きかけた駿河は「あ、そうか飛べるんですもんね。はい、出られます」と答えてから入り口付近に居る野次馬メンバー達を見て言う。
「じゃあ誰か、甲板のハッチ開けてあげて」
ジェッソが「はい」と返事し「行きましょうレトラさん」
レトラは駿河に「まぁ気軽に連絡して下さい」と言い残してブリッジ入り口へ歩いて行く。
「はい。色々とありがとうございました」
駿河は立ち上がってブリッジを出るレトラにお辞儀する。
「よし、じゃあ着陸したらゴハンだ」
再び船長席に座ると「ちと疲れたな」と溜息をつく。
午後1時。
黒船とアンバーは船首を揃えて並んで採掘船停泊所に停まっている。
二隻の周囲にはアンバーの半分程の大きさの有翼種の採掘船がちらほらと停まっていて、船の乗員達が時折、二隻の方を物珍し気に見て通り過ぎて行く。
アンバーの甲板には護やマゼンタ、剣宮や悠斗達がいて、青空の元でランチタイムの真っ最中。
「たまには甲板でランチってのもいいねぇ」
そう言ってご飯茶碗を左手に持った剣宮は、右手の箸でハンバーグ定食の付け合わせのニンジンを摘まんでパクリと食べる。その横では既に食べ終わったマゼンタが甲板に寝転がって「食った後、寝っ転がれるし!」
同じく寝っ転がっている透も「あー……いい天気だねぇ……」と目を閉じる。
透の隣に寝転がっている護も「いい天気だねぇ……」
少し離れてオーキッドと健もゴロゴロ寝転がっている。
寝転がっているメンバー達の上を、どこからともなく現れた妖精達がポコポコと跳ね回り、悠斗もゴロンと甲板に寝転がって、妖精達の踏み台となる。
「妖精は俺達の上を跳ねているしなぁ」
やがて剣宮も昼食を食べ終わると、お茶を飲み干して「よし食ったから俺も寝る」と甲板に横になる。
妖精にポコポコ跳ねられながら、のんびり寝転がるメンバー達。
ふと、透がクスッと笑って隣に寝転がる護を見る。
「護と甲板で昼飯後にゴロゴロするなんて信じられないな」
「……そうかな?」と護が言うと、悠斗が
「そうですよ! だって俺、ダラダラするなら船室へ行け! とか言われた事ある」
「えぇ」驚いて上体を起こす護。「そんな事、言ったの?」
「言いましたよぉ!」
「そ、それはすまなかった」
困り顔の護に、透がアハハと笑って「ゆるくなったから別にいいや!」
悠斗も笑って「もう時効だからいいけど、マジで変わりましたよねぇ」
マゼンタが呟く。
「イェソドっていいなぁ……護さんが、こんな変わっちゃうんだもん。俺もイェソド住みたい」
透が「わかる」と同意し「俺も護みたいに、自由になりたいな……」
護は上体を起こしたまま「んー」と唸ると
「自由ねぇ。自由って、まず自分の心から始まると思うんだな。ちなみに例えば、透なんかはさ、イェソドでカフェとかスイーツの店とか開きたいなぁって思わない?」
「んー……」
透は目を閉じて暫し考えると
「だってその為にはイェソドで食品を扱う免許取ったり、資金調達したり、色々ハードル高すぎるよ」
「でも実際、カナンさんはそれを成し遂げてるんだよ?」
「でもイェソドに住んで何年もかけて、そうなった訳で……」
「透もそうなるかもしれないよ? 夢は、持ってもいいじゃん」
「んー……」
透が黙りこくり、その場が静かになる。
悠斗が大きな溜息をついて言う。
「本当はさ、ジャスパーで店を出す方が楽だし現実的だよな。貯金もあるし、日々の仕事へのヤル気も湧く。夢の実現の為に頑張って稼ぐぞーって。……でも管理さんが全部ダメって言うから……」
マゼンタが「大長老は、職あげるよって言ってた!」と言うと、悠斗は「皆がイェソドで別の職やったらアンバーどうなるの?」と返す。
「うん、だから剣菱船長、困ってた! そもそも人工種が皆でイェソドに民族大移動したら有翼種も困るよね!」
護が「民族大移動て」と突っ込む。
話を聞いていた剣宮は、渋い顔で言う。
「人間的には、人工種が居なくなるとメッチャ困る……だから大事にすべきなのに、管理さんがー」
オーキッドが叫ぶ。
「管理を何とかしようー!」
目を閉じたまま黙っていた透が「それは止めた方がいいよ」と呟き、悠斗が「あ、起きてた」と言う。
透は目を開けて「だって管理さんは自分達は人工種を大事にしてるってマジで思ってるから。……穣が言ってたけど、まず俺達が管理と対等にならないとダメだって。管理を変える事に力を注ぐより、自分達が強くなる事に力を注げと。……つまり護のようにさ、別の世界で自立出来たらいいよね。そしたらアッチとコッチを自分で選択できる。その為の第一歩が今……」と言ってふぁぁと欠伸をする。
「食後は眠くなる……」
悠斗が言う。
「横になってるしな。天気いいし、絶好の昼寝日和。しかしこの後、どーすんのかねぇ。やっぱ採掘かな」
マゼンタが寝転がったまま仰け反って叫ぶ。
「遊びたぁぁい!」
「遊ぶって何をしたいの?」
「何でもいいけど単に採掘して戻るのはつまんないだけ!」
「なるほど」悠斗も寝転がったままウンウンと頷く。
護が、ふぁぁと欠伸をしてから言う。
「皆で街に行くとか出来たらいいんだけど、イェソドのお金が無いんだよな……」
マゼンタは上体を起こすと「なんか面白い事して戻りたーい!」と叫んで両腕を振り上げるが丁度跳んできた妖精に腕が当たり、丸い妖精はまるでバットにボールが当たったかのようにポーンと飛ばされ、船の縁へ。甲板から落ちそうになる。
「あ!」
驚いて叫んだ瞬間、妖精が船から落ちる。
「落ちた!」
護が「ダイジョブだー」と言うとマゼンタは「ほんとに?」と言いつつ立ち上がり、妖精が落ちた場所へ行き、船の下を見て「どこいった?」とキョロキョロ。自分の手首に着けてある浮き石の腕輪を見て「浮き石確認よし、ジャーンプ」と叫んで甲板から下に飛び降りる。
「あらま。マゼンタまで落ちた」
剣宮が「いいなぁ人工種は。浮き石を扱えて」と呟く。
健が「人間も少し浮くじゃないですか」と言うと、剣宮は上体を少し起こして「人工種みたいに高いとこから自由に降りられるようになりたいの」
そこへ下の方から「たーすーけーてー!」というマゼンタの叫び声。
その場の一同が「おや?」「何だ?」と驚いた顔で身体を起こす。
「なんかSOSが」
皆で甲板の縁に移動して下を見ると……地面を埋め尽くす程の沢山の妖精に囲まれつつ逃げるマゼンタの姿が。
「うわぁ!」
思わず歓声を上げる一同。
透が笑いながら驚いて「す、すごい数の妖精!」
護も楽しそうに「何がどうなった?」
悠斗は「よし助けてやろう! 浮き石確認、レッツゴー!」と叫んで下に飛び降りる。
続いて護も「俺も助っ人するぞ、浮き石OK!」と下へジャンプ。
悠斗と護が着地した途端、妖精一同は二人の方に飛んで来てポコポコ体当たりをする。
「お、おっ?」
驚いて腕で防御態勢をとる悠斗と護。
マゼンタはバレーボールのように妖精のお尻をポンと叩いて二人の方へ妖精を飛ばすと
「アッチ行けアッチ!」
護は「せっかく助けに来たのに!」と言いつつ妖精を拾ってお尻をポンと叩き、マゼンタの方に投げる。
妖精は楽しそうにクルクル回転してマゼンタの頭にポコンとお尻で体当たり。
悠斗もマゼンタの方にどんどん妖精を投げる。飛んで来た妖精をマゼンタが手のひらで打ち返す。
その様子を見て甲板上のオーキッドが面白そうに「妖精投げゲームしてる!」
剣宮も「いいなあ楽しそう!」
透が言う。
「俺達も行こうか」
健は「よし俺達も行きましょう、浮き石OK!」と言うなりバッと剣宮を抱えて下へジャンプ。
驚いた剣宮は目を丸くして「おおおおぅ!」と叫びながら健と共に下へ着地し、ふぅと胸を撫で下ろしつつ健にちょっぴり抗議。
「せめて跳ぶ前に心の準備を……ビビったー!」
その間に透とオーキッドも甲板から降りて来て、着地するなり透は近くの妖精を拾って叫ぶ。
「こら! 妖精はボールじゃないぞ!」
近くに居た悠斗も「そうだ! 妖精は大事にしなきゃならないんだぞ!」
二人で一緒にエイッとマゼンタに向かって妖精を投げる。
マゼンタもそこら辺の妖精を拾って皆の方へブン投げる。
その頃。
穣は午後の予定を思案しつつアンバーの船内通路を歩いていた。
(午後は採掘作業とは言ってもサクッと終わるだろうしなぁ。すぐに戻らず、有翼種の街を見学に行くか? ……ターさんに有翼種の生活とか色々教えてもらいながら)
甲板ハッチへの階段を上がってハッチから顔を出す。
「あれ。皆、いない」
昼食の食器が乗ったトレーだけが散乱していて、本人達が見当たらない。
「どこ行ったん……」と呟きながら、船内に戻ろうとした時。外から何やら小さな叫び声が聞こえる。
「うわああしまったぁ!」
「マゼンタに当たれ妖精様!」
穣は「ナニゴト?」と呟き、甲板上に出て声がする方へ行って下を見る。
「おぉ?!」
目を丸くして驚いた穣はバッと踵を返し、急いで甲板ハッチから船内へ入る。
マゼンタは多数の妖精に囲まれポコポコされながら
「もおおぅ皆して俺をいじめやがって。反撃だああ!」
叫びながら周囲の妖精を数匹掴むと「人間をいじめてやれ!」と剣宮に向かってブン投げる。
「俺!?」
悠斗や護達も「人間だ人間だ」と皆で剣宮に妖精を投げる。妖精達は一気に剣宮へ。
妖精に囲まれポコポコされて「うわああ」と頭を抱えて逃亡する剣宮。
その時、突然「こらあ!」と女性の声がして、驚いて声の方を見るとネイビーや穣の他、数人がタラップを降りて走って来る。
「アンバーの大事な可愛い二等操縦士に何するのよ!」とネイビー。
「人間イジメちゃダメでしょ!」とマリア。
良太が「お仕置きだー!」と叫ぶ。その号令でネイビー達も妖精を拾ってマゼンタや悠斗達の方へ投げる。
悠斗は飛んできた妖精をキャッチして楽し気に
「うっわぁ副長に機関長まで来たぁぁーい」
穣は「お前らな、こんな事してると隣の黒船に笑われるぞ、いいのか!」と叫びつつ護に向かって妖精投げ。
「知るかー」
護は穣に反撃。
そこへ透が「皆、採掘監督をぶっ潰せー!」と穣に向かって数匹の妖精を拾って投げる。
「俺ぇ?」
驚く穣にマゼンタが「ハチマキ野郎を倒せー!」と妖精を投げ、更に皆も「ハチマキだ」「ハチマキ監督だー!」と妖精を投げまくる。多数の妖精にポコポコされて頭を抱える穣。
オリオンは穣を指差し「妖精よハチマキを取れ!」と号令。
妖精達は一斉に穣のハチマキを奪取しようとハチマキの端をくわえて引っ張ったり、ぶら下がったりし始める。
穣は妖精を追い払おうと苦心しながら
「とーるーなーこの悪ガキ妖精めぇぇい!」
アンバー一同が大騒ぎをしていると、突然「お前達! 妖精をイジメちゃダメだろう!」という大声が。
ふと見ると黒船の方からジェッソやカルロス達が走って来る。
穣は「おぉう、黒船メン!」と驚きと喜びの混じった顔で叫ぶ。
透も嬉し気に「うわあ黒船までノッてきた!」
マゼンタも「来やがったな黒い軍団め!」と黒船の一同を指差す。
護は「アンバーのライバルだ、倒せー!」とジェッソ達に妖精を投げる。
ネイビーやマリアも「皆、あいつらを倒そう!」と妖精に指示。
妖精達は一斉に黒船メンバーの方へ跳び跳ねて行き、上総とカルロス、メリッサと昴、オーカーにジェッソ、そして機関長のリキテクスが妖精達にポコポコ襲われる。
「うわぁ」「ち、ちょっと!」
慌てて身を守る上総やメリッサ達だが、リキテクスだけは「アハハ可愛いなぁ」とニコニコ笑って妖精にポコポコされまくる。
ジェッソは妖精を五匹捕まえて胸に抱えると
「こんなカワイイ子達を投げちゃいかーん!」
と叫びながら一匹ずつアンバーズの方へ投げる。悠斗は跳んできた妖精をキャッチして
「投げているじゃあないかッ!」
とジェッソへ反撃の妖精投げをする。カルロスは穣めがけて妖精を投げて
「こんな事してると有翼種にアホな奴らだと思われるぞ!」
跳んできた妖精を避けた穣は両手に妖精を持ってカルロスに二匹同時に投げる。
「元々アホじゃあああ!」
「それは知っている!」
妖精を手のひらで打ち返すカルロス。
一同が妖精達と激しく戯れていると、上空にカルナギの船ブルートパーズが近づき、船からターさんが降りて来る。
下で繰り広げられている妖精投げ大会を見たターさんは、驚いた顔で「何やってんだ……」と呟くと、皆に向かって「ちょっとちょっと場所空けてー!」と叫ぶ。
穣は慌てて「いっけね! 船来た、皆、妖精持って退避ー!」
ジェッソも数匹の妖精をガッと抱えて「皆、こっちにこーい」とアンバーと黒船の船体の間へ誘導する。
ターさんが飛びながら一同に叫ぶ。
「みんなー! これからカルナギさんが、君達に死然雲海での採掘について説明をするよー!」
護が驚いてターさんを見上げる。
「え、ホントに?」
「うん、あと15分位したら始めるから、とにかく船長さんとか全員呼んで来てー」
「了解!」
護はその場の全員に聞こえるように叫ぶ。
「みんなー! 15分後に船内の全員、ここに集合だー!」
各自「はーい」「へーい」「ほーい」等と返事をする。
穣は悠斗達に言う。
「あっ、さっき甲板にいた奴ら、昼飯の片付けをー!」
悠斗が「おっと、そうだった」と言い、甲板ランチをした他の面々も「はーいっ!」「すまーん」等と返事しながら慌てて船の中へ戻る。
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