第16章02 意識の変化

 15分後。

 黒船とアンバーの船体の前に、二隻の全員が集っている。一同は適当に前後二列になり、前列のカルロス、ジェッソ、昴、夏樹、護、マゼンタ、悠斗、オーキッド達は地面に座って他の人々はその後ろに立つ。皆の前にはカルナギとターさんが並んで立ち、その横には石の入った木箱が一箱。カルナギの背後にはブルートパーズの船のメンバー達がいて、その後方にはブルートパーズの船体が停まっている。

 ターさんは一歩前に進み出ると、採掘船の面々に向かって「じゃあこれから……」と言い掛けて、思わずプッと笑ってしまう。すかさず護が突っ込む。

「何で笑うんですか!」

「だって妖精が!」

 二隻の一同の周囲に居る大勢の妖精達が、キチンと整列してターさんに注目し耳を傾けている。

 ターさんが笑いながら言う。

「綺麗に整列して、こっちに注目してるから……こんなの初めて見た!」

 隣のカルナギは「何でこんなに集まった?」と首を傾げると「まぁいいや、始めるぞ。……まず、俺は採掘船ブルートパーズの船長で」

「えっ、ブルー?」とジェッソの背後に立つ駿河が声を発し、慌てて「あっ、ちょっと気になる船名だったから……すみません、続きをどうぞ!」

 カルナギは駿河を見て「そういや人工種の船に似た名前の奴が居るんだよな? ……なんだっけ?」

「ブルーアゲート」

 護が「だからブルーって略さないで」と口を挟む。

「わかったわかった」

 駿河が「ちなみに何でブルートパーズ?」と尋ねる。

「俺がカルナギ・ブルートパーズって名前だからだ」

「そうでしたか!」

「で、えーと……」

 カルナギは少し考えてから「面倒だからとっとと言うと、その変な船と一緒に採掘してみたくなった!」と言ってアンバーと黒船を指差す。

 護の「変な船って!」という突っ込みを「ウルサイぞ人工種!」で一蹴したカルナギは「お前らイェソド鉱石ばっか採ってたら、こっちで稼げねぇだろ! だから一緒に採掘したら一緒に稼げる。そしたら一緒に街に行って美味いもん食える!」

 穣が驚いたように「稼ぐ?」と声を上げ、マゼンタが「それってオカネを?」と問う。

「うん。他に何を稼ぐん……」

 カルナギが言い終わらない内にマゼンタが座ったままカルナギに向かって前のめりになり、確認するように

「それってイェソドのお金を、稼げるって事?」

「そうだ! 言ったろ? 街で美味いもん食えるって」

 マゼンタや悠斗達、アンバーズが「やったぁー!」と大声を出して万歳する。

 穣も興奮気味に「まさかいきなりイェソドの金稼げるとは!」

 マゼンタの背後に立つ剣菱は、驚いたように「仕事させて頂けるんですか」と呟く。

「うん。まぁせっかく知り合った仲だしな」

 カルナギはニヤリと笑って護とカルロスを指差しながら「この二人が来た時からの縁だ」

 そこへジェッソが戸惑い顔で「あ、あの」と会話に割り込み「ちなみに、どんな鉱石を」と言い掛けた所で駿河も「そう、何を採るんですか?」とやや不安気に尋ねる。

「それは今から説明するが……」

 一同を見回すカルナギ。ニコニコ楽し気なアンバーズと対照的に、黒船メンバー達は静かで大人しい。

 双方を指差しつつ言う。

「コッチは騒がしいけど、コッチは静かだな」

 駿河が「いや、だってまさか有翼種の方と一緒に仕事するとは予想外で……。正直、イェソドに来て何するかを全く考えず勢いだけで来たものですから」と気まずそうに言うと「とにかく、どんな鉱石をどれだけ採るんでしょうか?」と尋ねる。更にジェッソも真剣な顔で言う。

「我々に出来る仕事なら良いのですが」

「……」

 カルナギ達と、アンバーの一同は微妙な顔で黒船の一同を見つめ、その場に奇妙な沈黙が訪れる。

「んー……」

 カルナギは、ちょっと困ったように額に手を当てて唸ると「それはそっちのやる気次第だな」

 ターさんが黒船一同に尋ねる。

「街で遊ぶオカネ、欲しくないの?」

 駿河が言う。

「それはまぁ頂けるのはありがたいんですが、とりあえず何をどれほど採るのかを。目標というか、ノルマと言うか」

 マゼンタが「ちがーう!」と大声を上げる。

「単に自分が遊ぶ金を稼げるだけ稼ごうってだけだぁー!」

 その言葉を聞いて黒船の一同が若干驚いた顔になる。

 穣が「マゼンタの方が分かっている!」と苦笑してから黒船一同に向かって「ノルマとか成果とか関係ねぇよ。楽しく全力で仕事して、稼いだ分を自分の為に使おうってだけだ」

 ジェッソが怪訝そうに「……本当にそれでいいんだろうか?」と尋ねる。

 駿河はカルナギに「それならなぜ一緒に仕事をしようと……?」と尋ねる。

 カルナギは大きな溜息をつくと、呆れた顔で

「アンタら一体、どういう教育受けたんだよ……」

 アンバーの一同も困った顔で苦笑する。

 剣菱がニヤニヤ笑いながら

「黒船はご立派なイイコの船だったしな。管理さんの望む存在だったから、平和だったんだよな?」

 穣が「そうそう」と頷いて「いつも管理に褒められてて。逆に言うと、コキ使われてたって事でもあるけど!」

 少し恥ずかし気な顔になった駿河は小声で「そう、かもしれませんが」と呟く。

 ターさんが言う。

「なんか昔の護君を見てるみたいだなー」

 途端にアンバーの一同がドッと笑って「うん!」「まさに!」「わかるー!」等と言いつつパチパチと拍手し、護はションボリして「自分もそう思ってたー!」と叫ぶ。

 ジェッソの隣に座っているカルロスがボソッと言う。

「黒船って変な船だったんだなと今になって分かった」

 それを聞いてアンバーの一同が更に笑い、駿河やジェッソ達がエエッと驚いた顔でカルロスを見る。

 カルロスは、ハァと溜息をつくと姿勢を変えて駿河達の方を向き、やや大きな声で言う。

「私の場合はイェソドで生きる為に何とか仕事を得ねばならず、カルナギさんに、お願いしますと頭を下げて仕事をさせてもらったのに、先方から仕事しようと持ち掛けられて素直に受けないってどういう」

「いや受ける事は受けるけど、仕事内容とか」と言い掛けた駿河の言葉を遮ってカルロスが叫ぶ。

「遊ぶ金が欲しかったらとにかく来た仕事受けて出来るだけやってみて稼げた分だけ遊んだら良かろう!」

「ええっ」

「ってそこで驚くのがおかしい!」

「あ、……遊ぶ金の為に仕事してもいいんだろうか……だって黒船ですよ!?」

「イェソドで黒もへったくれもあるか!」

 カルロスはアンバーズの方を見ると、駿河を指差して言う。

「この人間の首には見えないタグリングがガッツリ着いている!」

「ウム!」と大きく頷くアンバーの一同とカルナギ達。

 剣菱は呆れて駿河に問う。

「ってかアンタ、遊ぶ金の為に働いた事、無いのか?」

「……学生時代には、ちょっとバイトしてた事ありますけど。しかし船に乗ってからは……」

「そもそも船長までやってて、稼いだ金、何に使ってるん」

「だってそもそも遊ぶ暇が」

「ああ」

 剣菱はガックリして「そう、か……しかし28歳で仕事中毒か……」

 ターさんが言う。

「とりあえず人生って自分の為に生きるもんで、仕事は自分の為にするもんだよ。例えば自分に何か望みがあるとして、その為にどんな仕事するのかとか、どれだけ稼ぐかとか、その為に必要なら管理に従うとか従わないとか。全部、自分が主体となって決めないと。……で、その為には、どんだけ管理に責められても嫌な事は嫌だと言わないと」

「そ、それはそうですけども」

 駿河は戸惑い顔でカルナギを見ると

「しかし、その……。不思議なんですが、なぜ貴方は、我々の為にそこまでして下さるんでしょうか」

 カルナギは溜息混じりに「まぁ、成り行きの縁と言えばそれまでだが……」と言ってから「あんたら見てると可能性を感じるんだよ」

「えっ」

 二隻の一同が、ちょっと驚いた顔になる。

「例えばこれが、単に楽だけを求めてイェソドに来たというなら俺は無視するし場合によっては追い返すが、あんたらはそうじゃない。自分達が生きる場所、自分の生き方を必死に模索している。だからちょっと手助けしてやろうと思っただけさ。……とりあえず、話を聞いてると随分ガチガチな世界に生きてたみたいだから、せめて今はイェソドで伸び伸びと楽しんで欲しい」

「……はい」

 駿河は、何か感銘を受けたような顔でカルナギを見ながら「ありがとうございます」と礼を言う。

 ターさんは笑って「とにかく楽しもう!」と言い「そもそも今日はまだ皆、有翼種の採掘を知らない訳だし今からだと大体3時間位しか作業出来ないから、稼ぎには期待しないで。それでも無一文よりはいいだろ?」

 突然パンッと手を叩く音がして、穣が満面の笑顔で大声を出す。

「ライバルと共闘すんの初めてだな!」

「え?」

 意表を突かれたような顔で穣を見つめる黒船メンバー達。

 やがてジェッソが「あぁ……ライバルだったのか」と呟く。

「ってどーいう!」

 ジェッソは嫌味満載の顔で

「アンバーが、おサボりしてる間に黒船は採って差し上げたんだがなぁ……」

「……」

 穣は苦い顔で黙る。

 ジェッソの隣に座っている昴も「うん、どっかの船がおサボりしてて、俺達メッチャ大変だった」

 隣の夏樹も「毎日クタクタだったなー」と嫌味っぽく言う。

 駿河は「思えばあの時、どこぞのおサボりしてる船の分まで採る事は無かったのに、管理に脅されて採る羽目に……」と大きな溜息。

 剣菱は苦笑いして「二隻分採れる力があるのが凄い」と言うと「そのパワーを今度は自分の為に使おうや!」

 マゼンタ達アンバーズが「そうだそうだ!」と同意する。

 穣が叫ぶ。

「まぁとにかく今日は楽しむ為に仕事しよーぜぇぇい!」

「おお!」アンバーズの返事。

 ターさんは「じゃあそろそろ本題に戻るぞー!」と叫ぶとカルナギを見て「続きをどうぞ!」

「……って何をどこまで話したっけ?」

「まだお金稼ぐってとこ」

「あぁ」

 カルナギはちょっと考えてから

「まず採掘のやり方なんだが、そっちでは活かし切りしないんだよな?」

 護が「うん」と大きく頷き、カルロスが「こっちではエネルギーの高い石が高く売れる」と言う。

「なるほど。俺達の方ではそれはダメだ。エネルギーが高くても石が活きてないと高く売れない」

 ジェッソが怪訝な顔で「活きる?」と尋ねる。

 カルナギは「例えば……」と横に置いた木箱の中から鈍い色と澄んだ色のケテル石を取り出し皆に見せると「この二つは同じエネルギーを持っているが、片方は死んでいて、片方は活きてる」

 カルロスが皆に向かって「アレはまだ分かり易い。実際にはその差はかなり分かり難い」と補足する。

 護も皆に「いっぱい切ってるとだんだん分かって来る」と言うと、カルナギが護を指差して「お前の採る奴、前よりはマシになった。でもターが採る石と比べたらまだまだだな!」

「くぅ」

「よしお前、ここに来い」

 カルナギは護の腕を掴んで引っ張り、前に連れ出す。

「な。なんだよ」

 ターさんは木箱から自分の腰ほどの高さのケテル柱を持ってきて皆の前に置く。

 カルナギが言う。

「ケテル石は同じケテルか、黒石剣じゃないと切れない。これからコイツに活かし切りを実演してもらう!」

「なんですと?」

 目を丸くする護に、カルロスが「人工種の名誉にかけて、失敗するんじゃないぞ!」と野次る。

「カルさんも黒石剣持ってんだから、やろーよ!」

「護さんの方が先輩です!」

「くぅ」

 口を尖らせた護はターさんから手渡された白石斧を構え、コンコンと石を叩いてからガンと側面を薄く切る。

 石が輝き、二隻の一同が「うぉ!」「光った!」等と驚く。

 目を丸くして「エネルギーが変わった……」と呟く上総を見てカルロスが言う。

「な? 面白いだろ?」

 護は何カ所か活かし切りをして「こんな感じかな……」と首を傾げる。

 マリアが面白そうに「わぁ、さっきと全然エネルギーの感じが違う!」

 カルナギは皆に「ケテルには切り所があって、変な所を切ったり雑に切ると石が死ぬ」と言い、護に「この辺、適当に切ってみ」と言いつつ石の側面を指差す。

「適当に?」

「石殺しの参考だ」

「なるほど」

 指定された箇所に斧をガンと振り下ろした瞬間、石が輝きを失い、三つに割れる。驚く一同。

 マリアが「えー! 何てこと」と声を上げ、上総も「ホントに死んだ……」と驚く。

 カルナギは「でも、ここからでも活かす事は出来る」と言い、護に「やってみ?」

「ええ。ここから活かすのか……」

 護は自信無さげに呟き、石の欠片をコンコン叩き始める。

 その様子を見たカルナギは「ター、見本! やってくれ」と言い、ターさんは「ほいほい」と返事をして、ブルートパーズのメンバーから白石斧を借りて護の隣に来ると、欠片の一つをカンッと切る。欠片が綺麗に切れて美しく輝く。

「おお……!」

 感嘆の声を漏らす一同。

 護も欠片をカンと切るが、やや切り口が荒い。

「むぅ。あんまり光らんかった……」

 苦い顔の護。カルナギが一同に言う。

「まぁこんな感じだ」

 ジェッソは「なるほど……我々の採掘とは全く違う。難しそうですなぁ……」とあまり気乗りしない様子で言う。

 カルロスはジェッソに「ケテルは石材だからな。美しさとか、あと強度が関係する。切り方によって石の強度も変わるので」と言い、続けてカルナギが「そう。用途に合った大きさや強度、加工のし易さを考えて採る。……高層建築に使うような建材用の石を採る場合は、かなり硬い石を大勢の採掘師で力を合わせて切る」

 それから一同を見回すと「……って事で、今日はこれから一緒に採掘に行くが、あの船、上にモノを乗っけられるんだろ?」とアンバーと黒船の船体を指差す。

 剣菱が「はい、載せられます」と答える。

「どんだけ積めるんだ?」

「ウチは一応コンテナ10個は積める」

 ネイビーが小声で「滅多に積まないけど」と付け加えると、穣が「一度でも積んだ実績があればいいんじゃい」と小声で返す。

 駿河は「ウチもコンテナなら10個以上積めますが、過去にイェソド鉱石の柱を一本載せた事があります」と言う。

「よし」

 カルナギは頷いて「あんたらには『台船』をやってもらいたいんだが」

「台船?」

 駿河が聞き返すと、ターさんが

「切った鉱石柱を受けて運ぶ船の事です。受け船、とも言う」

「なるほど」

「……で、あんたらはまだケテルを切れないし、翼が無くて飛べないからケテル以外の石も採ろうと思う。石茶石を採るんだ」

 途端にカルロスが「なんですと?」と目をパッチリ見開いて声を上げる。

 ターさんがカルロスを見て言う。

「カルさんが雲海切りして、皆で石茶用の石を採るんだ」

「おお!」

 いきなりテンションが爆上がりして嬉し気なカルロスを、怪訝そうに見る黒船一同。

 カルナギは、横に置いた木箱の中を見ながら

「じゃあ特別サービスで、今、売れる石茶石をちょっと教えてやろう」

 護が「え!」と驚くと同時にカルロスが「それはフェアじゃない気が!」と声を上げる。

「なんで」

「自分で探すから面白いのに!」

 憤慨するカルロスを無視してカルナギは木箱からブドウのように小さな石が集まった石を取り出す。

「これはブドウ石って奴だ」

 すかさずカルロスがそれを指差して「人気の石茶石! でも私はまだ見つけていないんです!」

 ターさんが「場所が違うから。それね、採掘船が行くような場所じゃないと無いんだよ」と言う。

 カルナギは石を上に掲げて皆に見せながら

「これは手荒く採ると小さい石がバラバラになる。こんな風に大きな塊の方が高く売れるから、周囲を深く掘って、出来るだけ優しく採ってくれ。掘った所の埋め戻しも宜しく」

 言い終わるとブドウ石を木箱に戻し、別の石を取り出して皆に見せる。

「これは、眠り石」

 すかさずカルロスが「必ず熱湯で淹れる石茶石だ」

「……石茶の淹れ方は知らねぇが、これは適当にガンガン採っていい」

「それな、エネルギーが低くて探知し辛いからあまり出回って無いんだが、ガンガン叩いて熱湯を注ぐと凄く美味いエネルギーを出すので人気があるんだ」

 駿河が怪訝そうに「美味いエネルギー……?」と呟き、護がしみじみと言う。

「最近カルさんは売れる石より美味い石を良く見つける……」

 穣はカルロスを指差して「あいつ石茶屋決定だな」

 カルナギは眠り石を木箱に戻すと「そんな所だが」と言い、剣菱と駿河を交互に見て尋ねる。

「ちなみに、皆で採って売れた稼ぎは三隻で三等分って事でいいかな?」

 剣菱が「そうしましょう」と頷く。

 駿河も「はい、それでいいです」と答える。

「よし、じゃあまずケテルを採るが、最初はアンバーで採って、次に黒い奴で採る。最後にウチの船がケテルを採ってる間に人工種の連中が下で石茶石を採るって事で。まぁとにかくやってみよう。んじゃ仕事に行くか!」

 一同「はい!」と返事し、座っていたメンバーは立ち上がる。

 カルナギは二隻の一同に「んじゃ船に戻って、ウチの船が空に上がったら、続けて上がってきてくれ」と言い、後ろに振り向いて自分の船のメンバー達に「出るぞ、出港準備!」と指示する。

「はーい」

 カルナギの船の面々も船の方へ移動し始める。

 剣菱もアンバーの一同に「船に戻るぞー」と叫び、マゼンタが「いぇーい仕事だ暴れるぞぉ!」とアンバーに向かって駆け出した途端、周囲に集っていた妖精達が一斉にマゼンタの後を追い始める。

 思わず唖然とするアンバーズ。

「妖精まで乗るんか……」と呟く剣菱。

 それを見た駿河は笑いつつ、黒船の一同に「じゃあ船に戻りましょう!」と言い率先して船の方へ走り出し、他の面々も続いて楽し気に走り出す。