第17章05 積み荷降ろし

 40分後。

 アンバーは黒船より先に石置き場上空のブルートパーズの元へ戻る。

 剣菱はブリッジの窓から石置き場の様子を見て「さっきは凄い混んでたが、だいぶ空いたな」と呟く。

 何やら興味深げに探知しているマリアは「ここ、地下にも鉱石柱がある」と言い「……あ、そうか大きい柱は上に置いて、小さいのは地下なのね」と納得。

「ほぉ地下もあるのか」

 剣菱が言うと同時に前方のブルートパーズが動き出し、操縦席のネイビーが「動いた!」と叫ぶ。

 スピーカーからピピーとコール音が鳴り、ターさんの『もしもしアンバー、まだそこに待機しててね、こっちを降ろしたらまた連絡します』という声。

 ネイビーが耳に着けたインカムで「了解」と答える。

 ブルートパーズは高度を落としてゆっくりと石置き場に着陸すると、すぐに石屋らしき有翼種達が甲板の鉱石柱の元に飛んできて査定を始める。石屋は査定を終えた柱に番号札の付いたベルトを括り付け、カルナギ達がそれを地上の仮置き場と思われる場所へ降ろす。そこには数本の柱が並べてあり、地上の鉱石集積所のスタッフ達がそこから柱を何本か選んで運搬用の小さな台船に載せて、集積所内の建物の中へ入って行く。

 剣菱とマリアはブリッジの一番前の窓際でそれを見つつ、マリアが「あそこから地下に持っていくのね」と言い、剣菱は「そろそろかな」と呟く。途端にスピーカーから『おーい、次、アンバーの柱に行くぞー』とターさんの声。

「はーい」とネイビーがインカムに答えると、ターさんが船窓の前に飛んできて窓際に居た二人は驚いて叫ぶ。

「うわ!」「ビックリした!」

『あ、ビックリした?』

 アハハと笑うターさん。

 マリアは「うっ、うん!」と頷き、剣菱も「だって普通は船の前に人が来る事、滅多に無いしな」と苦笑い。

『んじゃ俺の指示に従って飛んでね、まずはこのままの位置でゆっくり降下、高度下げてー』

 ネイビーは「了解!」と答え、剣菱は慌てて船長席に戻る。

 アンバーはターさんの指示に従ってゆっくり降下し、若干前進して石置き場に着陸する。

 ターさんは船の前から甲板上に移動し、ハッチ内で待機していた採掘メンバー達はターさんの姿を見て甲板の上に出る。同時に数人の石屋が甲板に飛んで来て、積み荷の鉱石柱の査定を開始する。柱のあちこちを念入りにチェックし、番号札の付いたベルトを巻き付けると、穣達に「場内用の台船が来るから、それにこれを降ろして」と指示。

 ターさんがアンバーズに叫ぶ。

「もうすぐ運搬用の小さな台船が甲板の横に来るから、それに柱を載せてねー! 番号札がついた柱は台木を外して、外した台木は木箱に入れる。あ、台船来た」

 アンバーの左舷に、細長い長方形の箱のような台船がやって来る。箱の後ろには簡素なエンジン、前方には簡素な一人乗りの運転席があるという、柱を運搬する為だけの簡素な船。アンバーズはそこに、指示された柱を入れ始める。カルナギやトゥインタもブルートパーズから飛んで来て手伝いを開始し、その間に黒船が石置き場にやってきて、アンバーの背後の上空に停止する。


 黒船の甲板ではジェッソ達、採掘メンバーが眼下のアンバーの様子を見ている。

 そこへ皆の背後から「おー、降ろしてる降ろしてる」という声がして、皆、驚いて背後に振り向くと、総司と静流の姿が。昴が目を丸くして言う。

「あれ副長、なんでここに?」

「野次馬です。この柱をどんな風に降ろすのか、見学に来ました」

 ジェッソも二人を見て「静流君も?」と驚き、「今、操縦は誰が?」と怪訝そうに尋ねる。

「船長です」と静流が答え、総司が「どうしてもやりたいというので」と答える。

「って事は、三等のアメジストさんと船長で……」

 採掘メンバー一同は、何となく微妙な顔をする。

 総司はその意味を察して「大丈夫ですよ、二人とも盛り上がってましたから」とニッコリ笑い、静流は真面目な顔でウンと頷く。

 ジェッソは「まぁ貴方が大丈夫と言うならそれでいいが」と言い、昴は「盛り上がる……?」と首を傾げる。


 ブリッジでは、若干20歳で黒船に入れられた三等操縦士のアメジストが船長席に座り、操縦席の駿河に若干文句を言っていた。以前、上総から『気の強い女性』認定されたアメジストが口を尖らせて言う。

「さっきは静流さんが操縦で、私がここ……、なんか今日は私が船長席に座る事が多い気がするんですけど!」

「うん、だって三等でも操縦士だろ、何も問題ない」

 事も無げに言う駿河に「えー」とアメジストは非難の声を上げる。

「さっきは雲海だったし、単に前を飛ぶ船にくっついて飛んでたから特に問題ないですけど今はー!」

「とにかく仕事だ、大荷物を降ろす時、バランス調整宜しく!」

 アメジストは物凄く大きな溜息をついて言う。

「操縦したかったなー……」

 駿河は苦い顔で「それはスマンってば。だって仕方ない、難易度高いから」

 即座にアメジストが「でも船長が船長席でバランス調整してくれたら私が操縦しても問題無く出来る筈ー!」と言い、駿河は苦い顔で「ま、まぁね」と呟く。

「普通は船長席は船長で、操縦席は私! ……そもそも私、今年黒船に入った新米の三等なのにー」

「だから操縦が俺になる訳だ」

「じゃあ私が船長席に居る意味は?」

「……」駿河、苦笑い。

 アメジストは再び巨大な溜息をつくと、クスッと笑って言う。

「でも船長と、こんな話したの初めて!」

「えっ」

「だって前は、副長は厳しかったし船長もちょっと怖くて静流さんは堅物だしカルロスさんも怖かった。ブリッジ内で上総だけが気楽に話せたけど気が合わなくてケンカになるし。……それが今、こんな風に普通に話せて嬉しいなって」

「そ、……そうか」

 アメジストは楽し気に「だからバランス調整頑張りまーす、船長の為に! 副長と静流さんには絶対負けない!」

 ……な、何の勝負だ? と駿河は首を傾げつつ「おお! 頑張ろう!」と微笑む。



「それにしてもアンバーの奴ら、楽しそうだなぁ」

 甲板の上からアンバーズの作業を見つつ、夏樹がポツリと呟く。

 レンブラントが「俺らも楽しい。デカイもん採れるし、何より管理がウザい事言わねぇし!」と意味深な笑いを浮かべると、夏樹は「まぁな」と微笑して「カルロスさんみたいに、ここで暮らしたくなるな……」と言い、ふと「あれ、そういやカルロスさん居ないな。ブリッジかな?」と周囲を見回す。

 総司が「いやブリッジにも居ませんよ。何か用があるんですか?」と尋ねると、夏樹は「いや、何となく気になって。副長まで荷降ろしの見学に来たのに、探知の二人が居ないなと」

「なるほど」

 総司の返事に続いて静流が夏樹に言う。

「上総と一緒に食堂に居たのは見ました。なんか相当、お疲れでした」

「ああ、なんかドゥリーさんに鍛えられてたからな。有翼種に教わる事は多いね……」

「そうですね」

「……このまま、居られたらいいのにな」

 寂し気に微笑する夏樹。静流は「ですね」とだけ答え、総司は何も言わないが、気持ちは皆、同じだった。

 ジェッソをはじめ、レンブラントも昴も、メリッサも大和もオーカーも、表面的には普段と変わらず、人によってはむしろ明るくしていたが、内心は落ち込み、戻りたくない、という想いでいっぱいだった。

 ……何も知らないままならばこんな苦しみは無かったのに。

 刺激が無ければ反応は起きない。自然な反応としての楽しさを知ったが故に感じる苦痛。

 今までどれだけ自分達が管理の望むイイコになる為に心を抑圧していたかを痛感する。

 しかし、また、戻らねばならない。管理の言葉が脳裏に蘇る。


 『あんまりいい気になるんじゃないぞ? 我々は人工種は大切にするが、人間に対しては厳しくする。なぜなら間違った人間から人工種を守らねばならんからだ』

 『もし君が人工種達に間違った事を教え、そして人工種が間違った事をするようになったなら……その人工種達にも、厳しくしなければならなくなる。その辺りをよく考えろ』


 ……我々は、駿河船長に物凄く負担を掛けている……。

 あの船長だからこそ、黒船はイェソドに来る事が出来た。

 だが無理をすれば、船長交代させられてしまう……。


 皆、口数が少なくなり、黙ってアンバーの作業を見つめる。

 総司もアンバーを見つめながら、鬱々とした気持ちに耐えつつ考える。

 ……イェソドには居たいが、俺は、あの船長を失いたくはない。

 昔の俺はバカだった。単に人間だからと言うだけで実績も無く船長になったとか、それはただの嫉妬なのに、何も知らずにあの人を見下して……。

 黒船の船長は、あの人でなければならない。その為にイェソドに行けなくなるとしてもだ。だがその理不尽さよ……。

 とにかくあの人を守らねば……。



 アンバーの甲板から、全ての鉱石柱が降ろされる。

 カルナギは手伝いに来たタクに「台木の箱をウチの船に持ってけ」と指示してからアンバーのメンバー達に「俺達はこれから黒船の積み荷を降ろす。その間にアンバーは石茶石を降ろすんだ、まず場所を移動する」と説明し、横に居るターさんに「ター、後は頼んだ!」

「お任せをー」

「じゃあドゥリー、黒船に……あれ? ドゥリーどこ行った?」

 怪訝そうに辺りを見回すと、穣やマゼンタが「黒船に飛んでった!」「あっち!」と黒船の方を指差す。

「何だ、もう行ったのか」

 カルナギも黒船へ飛んで行く。

 ターさんはインカムに「船を移動します、俺に続いて飛んで来て!」と言いつつ船首側へ飛んで行き、ブリッジの前に出る。

 穣は「俺達は中に入ってコンテナを降ろす準備だ!」と言いハッチから船内へ。

 メンバー達も「おー!」「よっしゃあー」と騒ぎながら後に続く。

 アンバーはターさんの指示でゆっくりと船体を移動させ、周囲にコンテナが沢山置いてある場所に到着する。

「ここで停止、よぉーし、ナイス操船!」

 ターさんはブリッジに向かって拍手すると「ここでコンテナ降ろします!」


 採掘口が開いてタラップが下りると、護や悠斗達、怪力メンバーが台車に載せたコンテナを船内からタラップへと運び出す。

 すぐに石屋がやって来て「ブドウと眠りだよね?」と確認。

「はい」

「こっちに持ってきてー」

 石屋に指示された場所にコンテナを運ぶと、すぐに石屋のスタッフ達が蓋を開けてコンテナの中の石を見始める。

「おー、なかなかいい眠りだね」

 石屋の一人がそう言って、近くに無造作に置かれた空の木箱の山から、木箱をいくつか持ってきて並べると、コンテナの中の眠り石を一つずつ取り出して、査定して仕分け始める。ブドウ石のコンテナも、数人の石屋が一つずつ査定して、ポイポイといくつかの木箱に手早く仕分けていく。

 穣が思わず「査定するの、はっや!」と言い、マゼンタも「人力でやるんだ……」と驚く。

 すると石屋の一人が手を止めて「人工種は採った石をどうすんの?」と尋ねる。

 穣は「え、いやまぁ珍しい石とかは人力で査定するけども……」と言ってから「そもそも俺らはイェソド鉱石採掘がメインなので鉱石入れたコンテナを機械でガッと横にして、集積タンクにザバッと移して終わり」と身振り手振りを交えて説明する。石屋は作業に戻りつつ言う。

「まぁ採る石にもよるな。色んなやり方があるって事だな」

 その時、少し離れた所からオーキッドの「うわぁ黒船が凄いよ、見て見て!」という声が聞こえ、穣達は声の主の元へ。見れば黒船から柱を降ろす作業が始まっている。

 黒船の上空に、船体の下に太いベルトのようなものを吊り下げた特殊な運搬船が居て、そのベルトを黒船のメンバー達が甲板の大鉱石柱に括り付けると、運搬船は鉱石柱を水平に吊り下げつつ少し上昇し、そのまま移動して大きな鉱石柱が並べて置いてある集積所の一角に柱を降ろす。

 オーキッドが「降ろすの意外に簡単だった」と言うと、透が「いやあれ黒船は、空中で停止したままデカイ荷物が一気に無くなるから船のバランスが結構大変かも」と言い、穣も頷いて「しっかり着陸してたら、楽だろうけどな。ただ今日は着陸場所が無い……いや、着陸しなくても柱を降ろせるのがメリットなのか。場所取らずに済むしな。あの特殊な運搬船いいなぁ」と言って「んー」と何か思案気に首を傾げて顎の下に手を当てる。

「採掘船でもアレできないかな?」

「アレって?」と護が聞く。

「人工種だけで鉱石柱を採る時に、柱を採掘口からワイヤーで吊って、もう一隻の甲板に載せるとか」

「それは操縦士の人達が難儀しそう……」

 透が「その前にまず柱を横倒しにしないと吊れなくない?」と突っ込む。

 穣は「横倒しにしちゃえばいいやん。場所があればだけど」と言い「飛べない奴は飛べないなりに、採り方を考えるんよ。いつかやってみたいな」

 そこへ「おーい!」と声がしてターさんが飛んで来ると、上気した顔で皆に言う。

「君達あのでっかいブドウ石、凄いじゃん! よくあんなの採ったねぇ!」

 護が「やっぱターさんもビックリした」とニッコリ。

 悠斗はフフフと自慢気に笑って「探知と協力して地面を掘り掘りして採ったのです!」

 ターさんは皆に向かって熱っぽく語る。

「アレは凄いよ、石茶石を採るのは個人採掘師が多いから、ああいうデカイのはなかなか採れなくて出回らないんだ。あのサイズだと、もう石茶用じゃないし」

 マゼンタが「え。何に使うの?」と尋ねる。

 護が「観賞用」と言い、ターさんが「石好きが集めるの」と答える。

「あー、そっち系ね」

「石屋の皆が喜んでるぞ。ブドウ石なのに鉱石柱並の値が付いたって!」

 ターさんの言葉に一同は「ほぅ! お幾ら?」と興味津々。

 ターさんはニヤリとして言う。

「まぁ結果発表の時をお楽しみに!」