第8章03

 一方その頃カルロス達は、死然雲海を切り開いた場所で休憩中。

 巨大な石の上に座って水筒のお茶を飲んでいる。

「いやぁ結構な距離を飛んだねぇ。ダアトは遠いなー」

 ターさんは小さなコップに注いだお茶を飲む。

「スマン、ターさん。護が妖精と遊んでばっかりで」

 カルロスに指差されて護は怒る。

「俺も時々雲海切りしてたやん!」

 楽し気にアハハと笑ったターさんは、しみじみと

「かなり遠いとは聞いてたけど予想以上だった。しかしカルさん、相当な距離を歩いて来たんだねぇ……」

 カルロスは「まぁ……」と呟いて、うーんと大きく伸びをすると

「今から思うと無謀な事をしたなと思う。妖精が居なかったらどうなっていた事やら。私の必死の呼び掛けも無視されたし」そう言って護をじーっと見つめる。

「何か?」

「石茶の味もワカラン奴め!」

「お茶はお茶だ」と護は涼しい顔でコップの茶を飲む。

 ターさんは再び水筒のお茶をコップに注ぐと「やっぱカルさんの石茶は美味いや」と言い、カルロスを見て

「まぁゆっくり行こう!」

「多分、途中までしか行けないが」

「雲海探検、面白いから何でもいいや」

「もう少し雲海のエネルギーが落ち着いてきたら、また探知を掛ける」

 カルロスも自分のコップにお茶を注ぐ。

 ターさんは周囲の風景を見ながらボーッとする。

 護はその辺に転がったり跳ねたりしている妖精達を見ている。

 ゆったりとした、安らぎの時間。

 (幸せだな……)

 お茶を味わい、自分もボーッとしながらカルロスは思う。

 (黒船に居た時は、想像もしなかった)

 黒船を思い出した瞬間、駿河の事が頭に浮かび、罪悪感が沸き上がる。

 (自分だけ幸せになって、いいのか。駿河は、黒船の皆は、まだ縛られたままなのに。でも……)

 夢で見た駿河の笑顔、そして、あの言葉。

 しかしあれは自分の夢、単なる自分の願望の現れかもしれないと思い直す。

 (現実は、厳しい……。皆を捨てて逃げた逃亡者を、誰も許しはしない)

 ふと気づくと、雲海のエネルギーが落ち着いている。罪悪感や苦しい思いを振り切るように

「雲海のエネルギーが落ち着いたから、ダアトらしき人工建造物の位置を確認しよう」

 そう言ってお茶を飲みつつ探知エネルギーを上げると体の周囲が青く光る。

「って茶を飲みながら探知かい!」

 護のツッコミにカルロスは

「フッ。たまに寝ながら探知してる事も……おや?」と言って「なんだこれ」と驚く。

 ターさんが「何か見つけた?」とカルロスを見る。

「美味い石かな」

 護の言を「違う」と否定し、暫し目をパチパチさせる。

「大変なものを見つけた。……アンバーとオブシディアンがいる」

「えっ!俺達の採掘船!」

 護が真面目な顔で真剣に驚く。カルロスも真顔で

「アンバーは我々が目指すダアトらしき場所へ向かっている。それを黒船が妨害している。なんでだ?」

「アンバーが、ダアトへ?」

 ターさんが二人に「……どうする?会いに行く?」と聞く。

 暫し黙る三人。やおらターさんが

「つまり、向こうに戻れるチャンス、って事だよね?」と再び二人に問う。

 カルロスは若干暗い顔で「まぁ……」と言葉を濁す。

 (戻る気はないが、しかし、皆に有翼種の世界を教えてやりたい。未知の可能性に飛び出せば希望はある、と。それが私の逃亡の償いになる……。おや?)

 何かに気づいて、護を見る。

 護は「戻らなくてもいいけど……」と言い、「ん?」と言ってキョロキョロと辺りを見回し妖精を抱き上げて

「キミかな?」

 妖精は「?」と頭にハテナマークを浮かべる。

 ターさんが苦笑して「だから妖精じゃないってば。カルさんの探知エネルギーも妖精と間違えたよね」

「人が必死に貴様を呼んだのに!」

「つまり誰かが俺を呼んでる?」と首を傾げる護。カルロスは護をバシッと指差し

「貴様と私を必死に探知しとる奴がいる!それを黒船が妨害しようと」

「なんと!カルさん嫌われちゃったねぇ!」

 カルロスは若干ヤケ気味に

「まぁ私はな!自ら逃亡した奴だからな!それにしても、どうする護!」

「どうするって」

 護は腕組みして「……探してくれてるのか……」と呟くと、うーん!と悩んで「ちょっと挨拶だけしたいな。俺は元気だよって伝えたい」

 内心、参ったなと思うカルロス。しかし相手は必死にSOSを出しているし、これはもう逃亡を謝罪するチャンスだ!と覚悟を決める。

「そうか、んじゃまぁアンバーを黒船から引き離すんで、ターさん、スマンが付き合ってくれ」

「いいよ。君達の採掘船を見てみたいし」

「では片付けて、行動開始だ」と言いコップの石茶を飲み干す。



 アンバーは霧掛かった遺跡上空を飛んでいる。その遥か彼方には小さな黒い船影。

 必死に探知するマリアは「護さんかどうか分からないけど、何かの存在を感じた……あっ、またわかんなくなった。もぅ!ウルサイな上総君、妨害やめてよ!」と目を閉じたまま頭を抱えて「先に黒船を何とかしないとマトモに探知できない!」

 剣菱がボソッと「ド最悪な場合は黒船に突撃しちまえ」

「って何すんの?」ネイビーが聞く。

「アンバーを黒船の上に着けてだな……」

 続きは穣が語る。

「ウチの採掘口から黒船の上部甲板のハッチぶち破って中に押しかけるって感じ」

 悠斗が「ちょっと面白そう」とニッコリ笑う。

 剣菱も不敵な笑みを浮かべて「何せそろそろ燃料がヤバイもんでね」

 入り口から剣宮が「黒船から強奪?」

 その時、マリアが「あれ?妨害が無くなった!」と声を上げる。

 一同、驚いてマリアを見る。

「上総も疲れたか」穣が言うとマリアが「違う。カルロスさんだ!」

「ほぇ?」

 マリアは物凄く嬉しそうに「船長、カルロスさんです!カルロスさんが呼んでる!ネイビーさん、あっちへ!」と右手で方向指示をする。

 ポカーンとする一同。

 穣は心配そうに「だ、大丈夫かマリアさん。疲れすぎたんじゃ……」

 続いてネイビーも「ちょっと休む?」

 剣菱も怪訝そうに「ホントにカルロスさんなの?」

 マリアは怒って叫ぶ。

「ホントよ!何でこんな時だけ皆、信じてくれないのぉー!」


 黒船では上総が首を傾げて「あ、あれ?」と呟く。

「どうした?」

 駿河が問うと、上総は目をパチパチさせて

「アンバーの妨害が出来ないっていうか……おかしいな」と首を傾げる。

 船窓から見えるアンバーの船影を指差して

「目視出来てるのにアンバーの位置が感じられない。なんで……。ちょい待って嘘だろ?これ……」

 上総は驚愕の表情で駿河に叫ぶ。

「船長、俺が探知妨害されてる!」

「誰に?」

「あの人です!だってこれ、あの人が散々俺にやった技……!」

 駿河と総司が目を見開く。

 (……生きていた……)

「あいつの位置を探知します!」上総は本気モード全開で「今度こそ見つけてやる!」

「いや、それよりアンバーだ!」

「アンバーを見失うな!」

 駿河と総司に言われて渋々「はい」と答えた上総は「でも何で俺の邪魔を……」と不機嫌そうに呟く。

 総司も内心、黒船を捨てた上にアンバーの味方までするのか、と怒りを覚えるが表情は変えずに

「恐らく護さんが一緒に居るからだろ。アンバーの味方するのは仕方ない」

 上総は益々険しい顔で「あいつ絶対許さない」

 総司も密かに同意する。

 (あれほど皆に認められていながらそれを捨てるとは、許さん……。こっちはどれだけ努力しても上に行けないのに!)



 護とカルロスはターさんの吊り下げ木箱で死然雲海を飛んでいる。

「むぅ……」

 苦々しい顔でカルロスが唸る。

「ちょっと誤算が発生。黒船に見つかった。流石は私の後継機」

 護は怪訝そうに渋い顔のカルロスを見る。

「アンタに珍しく探知ミスとか?」

「いや。しかし後継機なのだから本来は雲海越えが出来る筈なのに……向いてる方向が違う!管理とベッタリくっつきやがって全く」とイライラした様子で腰に両手を当て、はぁと溜息をつく。

 ターさんが面白そうに「なになにどしたん?」と聞くと、カルロスは「んー」と唸って

「とりあえずアンバーが物凄い速度でこっちにブッ飛んでくる。船の燃料が心許無いので採掘して持って行こう。ターさん、ちょっとあっちへ」と方向指示をする。

「ほいさー」

「畜生、アイツに見つかるとは……。腕を上げやがって」

 ブツクサと小声で独り言を言うと、護を見て「採掘するぞ!護……」

 護は抱いていた妖精の顔をカルロスに見せる。

 ( ̄▽ ̄)

「お前こんな時に妖精と遊んでんじゃねぇ!」

「遊んでねぇよ!交流してんだよ!」

 ターさんは笑いながら指示された方向へ飛び続ける。暫し行くとカルロスが「よーしこの辺で雲海切りだ!」と黒石剣を構える。

「了解です、探知先生!」護も妖精を手放して白石斧を構える。

「誰が探知先生だ、勝手に命名するな!カウントするぞ、……3、2、1、GO!」

 二人は同時に雲海切りをする。周囲の霧が晴れて下の崖の木立の中に光るものが見える。

「ターさんあそこ!」

 カルロスが黒石剣で指差すとターさんが

「……って飛び降りたら?」

「なるほど!」

 木箱から飛び降りるカルロス。続いて護も飛び降りる。

 護はイェソド鉱石の層がある崖下に到着すると「行きます!」と叫び、白石斧でガンガンと鉱石に斧の刃を入れゴロンと塊を切り採る。カルロスも黒石剣で小さな塊を切り取る。ターさんも木箱を下に置くと、やや崖上の方の鉱石を切り採る。妖精はポリポリと鉱石の欠片を食っている。

 護が楽し気に叫ぶ。

「イェソド鉱石の採掘って、ラクだー!」

「だな。石材用じゃないから多少荒く採っても問題ない」

 するとターさんが一言。

「でも大事に採ってあげた方がエネルギー上がるよ」

 三人の全力採掘で、あっという間に木箱がイェソド鉱石で一杯になる。

 護は木箱に積んだイェソド鉱石の上に立ち、両手を腰に当てて満足気に

「よーし。お土産が出来た!」と微笑む。

 カルロスも黒石剣をホルダーに仕舞ってイェソド鉱石の上に乗りながら

「いいタイミングでアンバーが来た」

 ターさんは空中でワイヤーを引き上げる。

「じゃあ出迎えに行くか」

 木箱が空中に浮かぶと、カルロスと護は鉱石山積みの木箱の両端のワイヤーを掴んでバランスを取る。

 護は皆に会える喜びで、はち切れんばかりの笑顔で叫ぶ。

「皆、ビックリするぞぉ!」

 カルロスは複雑な心境で少し仏頂面。

 (まぁ、なるようになるさ。行くしかない……)