第16章05 大死然境界の手前で
雲海の中を飛ぶアンバー、黒船、ブルートパーズの三隻。
先頭を飛ぶアンバーの甲板ではマリア、カルロス、上総、ドゥリーの四人が真剣に探知を続けている。周囲には彼らを見守るカルナギや有翼種メンバーと、穣やアンバーメンバー達、そして数匹の妖精達がコロコロ転がっている。
護が周囲を見回して呟く。
「なんか雲海が濃くなって来た。周り真っ白、視界悪い」
穣も「だな」と言い、ふと気づいて「あ。黒船の探知がここに二人居るって事は、後ろの黒船、進路大丈夫かな。視界悪いのに」と船体後方を見る。すると護がカルロスを指差して
「あの人型探知機が何も言わんからダイジョブだ」
穣がカルロスを見ると、探知しながらカルロスが
「別に問題ないし、この距離なら船のレーダーでお互い見えてるから心配ない」
「ほら」と護は穣にニッコリ笑って「んでもたまにバグるから気を付けないと」
「バグる?」
「寝ぼけるとか」
途端に「そこの青い髪、ウルサイ」とカルロスのイライラ声が飛んできて護は「アッ」と口に手を当てて「スマン探知の邪魔した」
「余計な事を言うんじゃない」
「ハイッ、分かりました先生!」
穣は笑って「なんか面白くなったなお前ら」
そこへドゥリーが「んんー」と唸り声を上げ「これ、柱がある所は二人で雲海切りしてもきっついなー」と言い、カルロス、上総、マリアの三人を見回しつつ「これは探知四人で同調して雲海切りしよう」
目を閉じて探知していたマリアと上総が「えっ?」と目を開けドゥリーを見る。
ドゥリーが二人に言う。
「君達の力を、私か、カルさんに同調させる」
「同調と言っても」
怪訝な顔の上総に、ドゥリーは自分の黒石剣を指差して
「黒石剣にエネルギーを入れるってイメージするといいかな。雲海を切るイメージでもいいけど」
「はぁ……」
マリアと上総は首を傾げる。
「まぁ柱のとこ行ったらまた教える」
ドゥリーはそう言って周囲の雲海の様子を見ると、カルナギに「かなり濃いから、ここで黒船に移動した方がいいー」と言い、耳のインカムに「ネイビーさん、この辺で速度緩めて!」と指示する。
『はい!』
「次は黒船での作業、まずメンバーの移動をするから、アンバーはこのままゆっくり直進しといてね。後でまた連絡しまーす」
『はーい了解』
ドゥリーは宙に浮くと「視界確保の為に、ちょっと黒船周りの雲海切ってくるー」と叫んで船体後方へ飛んで行く。
カルナギは皆を見て「今度はアンバーが見学だ。探知の奴らは黒船に移動……」と言い、ふと「あっアンタ、バリアラーなんだよな」と穣を指差す。
「うん」
「アンタは連れてく」
「ほい」と言った途端にバッと背後に来たカルナギに抱き抱えられて目を丸くする穣。そのまま宙に浮いたカルナギは、若い男の有翼種メンバーに「タク! 台木の木箱を頼む!」と叫ぶ。
「はい!」
タクと呼ばれた、少年の面影を残す若い有翼種メンバーは、台木を入れた木箱を吊り下げて宙に浮かぶ。
カルナギはそれを見て「あ、その木箱に人工種が入るな。タク、金髪か青い髪を一緒に入れてくれ」
「……」
若干目を丸くして黙るタク。その場の一同がちょっと笑う。
カルロスはサッと護を指差し「青い髪を載せてくれ頼む!」
護は右手で自分の胸をパンと叩き
「任せておけ! 黒船に木箱でお届けされるのは恥ずかしいよな、カルさん!」
カルロスは拍手して「流石良く分かっている!」
雲海を切って皆の所へ戻って来たドゥリーは、空中停止して「ターさん、カルさんを頼むぅー!」と言い、女性の有翼種メンバーに「フィル! マリアさん連れてってー同調の練習するからー!」と言いつつ、自分は上総を背後から抱える。
マリアはフィルという、長い髪を後ろで束ねた若い女性有翼種に背後から抱き抱えられて空中に浮かび、嬉しそうに「わぁい浮いてる! 私もお届け物になったぁ!」と微笑む。
カルナギが叫ぶ。
「じゃあ黒船に移動!」
カルナギは穣、ドゥリーは上総、フィルはマリア、ターさんはカルロス、そしてタクは台木の入った木箱で護を運ぶ。甲板に残ったマゼンタや悠斗達は木箱で運ばれる護を笑いながら見送る。
黒船の甲板に近付くと、トゥインタやジェッソ達が手を振って「おかえりー」と一同を迎える。
メリッサは木箱で運ばれる護を見てクスッと笑い、レンブラントも「一人だけ木箱で運ばれて来た!」と笑い出す。
トゥインタが言う。
「な? これがこっちの世界での人工種の日常だ」
カルナギやドゥリー達が甲板上に着地し、穣は「お届け物来たぜ!」、マリアは「無事届いたー」と言いつつ甲板に降り立つ。
上総は「ただいま」と言ってから周囲の皆に「何で笑ってんの!」
その背後で護が「どうも、お届け物です!」と大声で言いながら、木箱密航者の妖精と共に白石斧を持って木箱から出る。
笑う黒船メンバー達に「人を見て笑うとは失礼な、俺とカルさんは木箱で運ばれるのが日常なんだぞ!」
続けてカルロスが「そうだ! カナンさんにも笑われたんだからな!」
ジェッソが笑いながら言う。
「そ、それはやっぱり小型船が要りますね!」
そこへカルナギの声。
「皆、今からこっちにデカイのを採って載せるぞ、いいか!」
黒船メンバー達は「了解です!」「はい!」等と各自返事をする。
ドゥリーは穣に近付くと、自分の耳のインカムを指差して「これは黒船にも繋がるの?」
「あ、それはアンバーだけ。黒船のは……」
穣はジェッソに近寄って「黒船のインカム貸して。進路指示用に」と言い、ジェッソはインカムに「ブリッジ、今からインカムを有翼種の方に渡すので、代わります」と連絡してからインカムを耳から外すと、ドゥリーに差し出す。
「どうぞ」
ドゥリーは「ちょっと待ってね」と言い、アンバーのインカムに「ネイビーさん、今から黒船を先頭にするからアンバーは黒船の後ろについて飛んでね」と指示する。
『あ、黒船がウチを追い越して前に出るのね。じゃあ黒船がそのまま直進出来るように若干上昇するわ』
「うん。インカムを黒船のに取り換えるから、一旦お別れだー」
『了解です、またねー』
ドゥリーは耳から外したインカムを穣に渡し、穣はターさんに尋ねる。
「これターさん用のインカムだけど、今、俺とターさん、どっちがアンバーと連絡する?」
「あぁ俺が連絡するよ」
「じゃあまた渡す」
穣はターさんにインカムを渡す。
その間にジェッソから黒船のインカムを受け取ったドゥリーは、耳に着けてインカムの回線を開く。
「ドゥリーでっす! 黒船の人、宜しくー!」
『副長の総司です、宜しく』
「総司さん、黒船を先頭にするからそのまま直進して前に出て。……あ、視界は大丈夫? 雲海切った方がいい?」
『レーダーでアンバーの位置が分かりますから切らなくても大丈夫です。まだ一応目視も出来ますし』
「あ、そう? じゃあ進路の探知に集中するね」
『はい』
黒船は、高度を上げたアンバーの下を通って前に出る。
甲板上の船首付近では、目指す柱の位置を見失わないようドゥリー達四人が力を合わせて探知に集中し、その彼らを取り巻くように有翼種メンバーと黒船メンバーそして数匹の妖精が周囲に立つ。
探知メンバーを見ながらメリッサが呟く。
「四人で探知するって、なんか凄いわねぇ。そんなに大変なの」
穣が「まぁ訓練だからかな、雲海探知の。カルロスはともかく他の二人はまだ慣れてないし」と言うと、メリッサは「ふぅん。なんか雲海、濃くなって来た感じだしね」と周囲を見回す。
「確かに、甲板も少し霧掛かって来たしな」
そこへカルロスが「んー」と唸って「なんかすっごい雲海が濃くなったぞ……」と顔を顰める。
マリアも「エネルギーが濃くて……私、もう探知出来ません」と困った顔をする。
ドゥリーはマリアに「んじゃ貴方はちょっと休憩」と言い、マリアは「はい」と探知をやめる。
探知メンバーの様子を見ながらターさんが言う。
「まぁここ、大死然の手前だしね……」
ジェッソが「大死然? 何ですかそれ」と尋ねると
「死然雲海の奥。有翼種も滅多に行かない物凄くエネルギーの濃い所」
「ほぉ」
そこへ上総が手を上げて「すみません、俺も探知出来ないので休みます!」
ドゥリーは「ほい」と言うが、カルロスは「ダメだお前は気合で探知!」と上総を指差す。
「なんで? 貴方の後継機だから?」
「うむ」
「じゃあ俺も黒船から逃げちゃお」
「なに?」
カルロスは驚いてから「って事はお前、そんなに黒船が辛かったのか……」と悲し気な顔をする。
「辛くないけどアンタの後継機だし!」
ドゥリーが不思議そうに「なにその後継機って?」と口を挟む。
カルロスと上総はドゥリーを見て「え」と一瞬キョトンとすると、カルロスが「弟子というか後輩というか」続けて上総が「後継ぎというか」と言い、カルロスが上総を見て「ああ、後継ぎかもな」と頷く。
「え」
目を丸くした上総はムッとしたように
「かもなって、アンタ散々俺に後継いで黒船の探知をしろって!」
「ああー言いました。……上総お前ちょっと恐いぞ」
「何がですか!」
ドゥリーは「なんだかな」と呟き「さて、そろそろ停まるー」と言うと、インカムに「ブリッジ、総司さーん、速度落として」
『了解、減速します』
ターさんとカルナギもそれぞれアンバーとブルートパーズに連絡し、黒船に続いてアンバーとブルートパーズも速度を落とし始める。
「あと少しで停まるよー……ゆっくり、ゆっくり、はいここで停まってー」
三隻は真っ白な雲海の中に停止する。
周囲を見ながらカルロスが「随分と濃いな」と眉間に皺を寄せて呟くと、上総がニコニコしながら「でもカルロスさん優しくなりましたよね」
「はぁ?」
……突然何を言うんだ、と思わず目を丸くするカルロス。
近くで会話を聞いていた護が呟く。
「昔のカルさんってどんなだったんだろ?」
穣がここぞとばかりに意気揚々と「そりゃもう昔のお前よりガッチガチで超絶真面目!」ついでにジェッソも力強く「無表情で冷徹な、まさに人型探知機!」
渋い顔になったカルロスはガックリして「そこまで言わんでも……」と溜息をつく。
ドゥリーはカルロスに「コラそこガックリするな、出番だー、柱の周りの雲海切るよー!」と言ってから上総とマリアに「二人は黒石剣に意識を集中してね!」
「え……」
戸惑い顔で驚く二人。ドゥリーが言う。
「どっちの黒石剣でもいいから意識を向ける、やってみよーう!」
二人は若干自信無さげに「はい」と返事し、集中を始める。
ドゥリーは「……ヨシ、そんな感じでいいぞ」と言い「金髪の人、いいかなぁ?」と自分の隣の黒石剣を構えたカルロスを見る。
「はい」
「じゃあ雲海切り、行きまっすー! 3、2、1、ゼロ」
ドゥリーとカルロスは黒石剣を振り下ろして雲海を切る。
一瞬、バッと部分的に雲海が切れて柱が見えたが、すぐにまた雲海に覆われ何も見えなくなる。
「お?」
穣やジェッソ達、黒船の一同は何がどうなったのかと不思議そうな顔をする。
トゥインタが「濃いなぁ」と呟き、ドゥリーはアハハと笑って「切れなかったぁ!」
「切れない?」
怪訝な顔で尋ねるジェッソにターさんが説明する。
「雲海が濃すぎて切れなかっただけだよ。一瞬でまた曇った」
「ええ?」
穣が「そんな事ってあるの?」と問うと、ドゥリーが「あるぅー!」と言って「切り方も、あまーい」とニヤリ。
カルロスは苦い顔で不思議そうに「しかし探知した時より大きいぞ、柱が……?」とドゥリーを見る。
「雲海が濃すぎて正確に探知出来ないんだよ」
「え、でも」
納得できない顔のカルロスに、ドゥリーはニヤリと笑って
「雲海のエネルギーをナメちゃいけないなぁ! ここは大死然境界の手前だぞぅー」
「……大死然境界……」
カルナギが腕組みをして言う。
「状況から見て一本採りだな。すぐに曇るから分割する暇が無い。雲海を切った瞬間にパパッと採らないと」
傍に居たトゥインタが頷いて「なかなかの大物だ。最大の台木を真ん中に置いとこう」と言いつつ木箱の方に歩き、中から台木を出し始める。
カルナギも来て台木を手に取り、周囲に来た黒船メンバー達に見せながら
「本当はこの固定ベルトで柱を台木に固定するんだが、もしかしたら太くて巻けないかもな。台木を下に敷いて、柱を直接甲板に固定出来るかな」
ジェッソが「できますよ。動かないように何とか留めましょう」と答える。
「そうか、頼む」
頷いたカルナギは他のメンバー達に言う。
「活かし切りの後、柱を船側に倒すから、バリアとか怪力の人は柱受けの準備を宜しく!」
「了解!」
ふとターさんが「あっ、ちなみにカルナギさん」と言い「アンバーにも柱を見せたい。見学に船を近付けてもいい?」と尋ねる。
「うん、邪魔にならない所で」
「ほい。じゃあ連絡する」
ターさんはインカムでアンバーに連絡し、一同は再び船首側、ブリッジ上部の手前へ。
船首前方を見て並ぶ探知メンバー四人は、カルロスとドゥリーを中心に両脇に上総とマリアが立つ。
ドゥリーは黒石剣を構え直すとカルロスに「とにかくもう一回だ、思いっきり思いっきり、切るぅ!」と言い、上総とマリアに「サポートの人も思いっきりイメージで一緒に切る! いいかなー?」
「はい!」
「じゃあ皆、行っくぞー!」
大声を上げてゆっくりとカウントする。
「3、2、1、ゼロ!」
二人が青白く光る黒石剣を振るうと、広範囲に光が走ってバッと雲海が切れ、船の前方に巨大な鉱石柱が姿を現す。
「デカイ!」
穣や黒船メンバー達が驚いて唖然とする間にカルナギがピーッと笛を吹き、トゥインタ達、有翼種メンバーがバッと柱に飛び掛かって活かし切りを始めるが、その間にも柱の周囲にうっすら霧が掛かり始める。
「金髪の人、ヤバイと思ったら雲海切りしてねー!」
叫びながらドゥリーは柱に向かって飛び、周囲の霧を払い、黒石剣で活かし切り作業に加わる。
カルナギはジェッソ達に「活かし切りが終わったら柱を倒すんで、柱受け宜しく!」と言い、護を見て「護、船から落ちろ、下を切れ!」と指示。
「えぇ俺もこれ切るの?」
「太くて、切る人手がちょっと足りねぇ。このまま前に向かって飛んで、柱の下行け」
「ほい!」
護は白石斧を左手に持ち替えると、少し下がってから右手を上げて、叫ぶ。
「じゃあ落ちまーす!」
そこから船首に向かってタタタと走り、ブリッジの窓の手前ギリギリで走り幅跳びのようにバッと前方にジャンプする。ブリッジの窓の上を飛び越え、船の先端を越えて、柱の近くへ落下していく護。
ブリッジ内の駿河と総司が「えっ」と仰天して目を見開き、総司が焦ってインカムに叫ぶ。
「ちょ、落ちたんですけどドゥリーさん、落下した人が!」
するとブリッジのスピーカーから『大丈夫、大丈夫、護は浮き石着けてるし、落ちる練習したから』というドゥリーの声。
「つっ、つまり事故じゃなくて故意ですか?」
『コイ? あーうん故意故意、わざと!』
「はぁ……」
駿河と総司は安心して胸を大きく撫で下ろす。
総司が思い切り苦い顔で言う。
「……浮き石があるのは分かってるんですが、いきなり目の前を人が落ちるって初めてで……驚きました」
『あ、そう? ……もう少ししたら船を後退させるけど、ちょっと待ってね』
「はい」と返事しつつ、前進ではなく後退? と頭に一瞬ハテナマークが浮かぶ。
船長席の駿河が苦笑して呟く。
「こっちは物凄く驚いたのに、事も無げに『あ、そう?』とか……世界が違う」
「ですよねぇ」
深く頷く総司。前方の柱を指差して「そもそもあんなデカイ柱を採るとか……どうやって船に積む?」
「んー……船体で押さえつつ、一旦地面に横倒しにする……のかな? そこから分割とか……」
駿河は首を傾げると「しかし重量どんだけあるのか怖いんですけど。あーでも人力で押さえたり運べるって事は、重さは大丈夫ではあるのか」と自分で納得したように呟く。そこでふとレーダーを見て「あ、アンバーが横に来た。見学か」
「ですね、多分」
少ししてスピーカーからドゥリーの声が流れて来る。
『お待たせブリッジ、ちょこっと後退してー!』
「はい、後退します」
総司はインカムで応答しつつ、船を微妙な速度でソロソロと後退させる。
『船首、ほんの少し右舷側に向けて……停止、止まるー、うん。そのまま少し高度下げて』
「はい」
『……止まれー!』
柱からやや離れて、森の木々のすぐ上に停止する黒船。
『よしよーし! んじゃ今からあの柱を丸ごと載せるから、船のバランス気を付けてー』
「……って、あの、載せるってどのように?」
『根元切って甲板側に倒す』
「え」
目を丸くする駿河と総司。
総司は少し面食らったように「こ、このまま甲板に倒す?」と聞き返す。
ドゥリーは少し心配そうに『うん。何か問題ある?』と問い返す。
「い、いや大丈夫です。了解しました!」
『よろしくー!』
「……ハイ」
引き攣り笑顔を浮かべた総司は「このまま倒すんですってよ船長。凄いっすね」
駿河は若干ヤケ気味に「船の重量バランスがー!」と叫んでから厳しい表情になって言う。
「難易度高いな。操縦担当を副長にしといて良かった。……頑張ろう副長!」
「頑張りましょう船長! 久々の超大物です、操船し甲斐がある!」
「ウム!」
駿河と総司はニヤリと不敵な笑みを浮かべる。
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