第20章04 様々な考察

 カナンとセフィリアはそれぞれ専用の大きなケトルで石茶を作り、出来たものを保温用の石茶ポットに注ぎ入れる。カナンは自分が淹れた二種類の石茶のポットをカウンターの上に置くと、セフィリアの近くにあるポットを指差しつつターさんに言う。

「そっちのポットの石茶が出来たらター君が配ってくれ」

「はい」

 セフィリアは「こっちはコーヒーみたいな石茶よ。もうすぐ出来るから」と言いつつポットの蓋を外し、ケトルから石茶を移す準備をする。

 レジの横を通ってカウンターから出たカナンは、カウンターの上に置いた二種類のポットの少し小さい方を手に取って剣菱の元へ行き、テーブルの上に置かれた紙コップに石茶を注いで「どうぞ」と渡す。

「ありがとうございます!」

「駿河さんも要るかな?」

 カナンは駿河の方を見る。

「まだ少し残ってるので、全部飲んだら頂きます」

「んじゃその時に」

 カナンはカウンター前へ戻り、もう一つのポットを手に取る。

 同時にターさんが石茶ポットを持って皆の方にやって来て「コーヒー石茶、欲しい人!」と言い、数人が手を挙げ、ターさんは順番に石茶を注ぎに行く。カナンも「本格派の石茶が欲しい人は?」と皆に聞き、上総が「はいっ!」と手を挙げ、夏樹、穣、透も手を挙げる。カナンは上総から順番に石茶を注いで行き、それが終わるとポットをカウンターに置いて言う。

「まだ少し残ってるから、飲みたくなったら言ってくれ」

 カナンは丸椅子に座り、ターさんもポットをカウンターの上に置いて自分の丸椅子に座る。

 そこへ奥のキッチンからセフィリアが四角いお菓子が盛られた大きな籠を持って出て来ると、「今度は四角よ。ビスコッティをどうぞ」と言い、各テーブルに行き、ボールクッキーの入った籠をちょっと傾けて少なくなったクッキーを端に寄せて、空いたスペースに大きな籠から白い四角いビスコッティを製菓用スコップで取り分ける。

 ただしマゼンタと上総が居る真ん中のテーブルだけは、籠からボールクッキーが消滅したので籠いっぱいにビスコッティが盛られる。

 早速マゼンタが「四角、頂きます!」と一つ取って口に入れ、幸せそうな顔でポリポリ食べる。

 透も「これ、セフィリアさんが作ったんですよね?」とビスコッティを一つ摘まむ。

「うん、そう」

「いつも、どういうお菓子を作ってるんですか? ケーキとかは?」

 セフィリアは大きな籠をカウンターの上に置くと、丸椅子に座りながら

「ケーキは手間が掛かっちゃうからあまり作らないの。その代わり果物を使ったパン、例えばデニッシュとかジャムパンとか……それだと気軽に持ち帰り出来るしランチにも、おやつにもなるでしょ? あとは日持ちするクッキーみたいな小さ目の焼き菓子が一番多いわね」

「なるほど……」

 透はビスコッティを口に入れ、じっくり味わって食べ、石茶を飲む。

「この甘さ、いいですね。石茶受けにピッタリです。俺も今度作ってみようかな」

「えっ」

 少し驚いた顔をするセフィリア。穣が透を指差して言う。

「コイツ、菓子作りが好きなんですよ。よくケーキとか作ります」

「……それ、食べてみたいわ!」

「えっ?」

 今度は透が驚いてセフィリアを見る。セフィリアは透を見つめて

「ねぇ今度ウチに来る時は貴方の作ったお菓子を持ってきてくれない?」

「えっ、……おっ、俺の……」

 透は目をいっぱいに見開いてから、嬉し気に笑みを浮かべて「はいっ、持ってきます!」と大きく頷く。

 穣も嬉し気に「良かったな」と透の肩をポンと叩き、セフィリアに言う。

「透はずっと、長男から、男が菓子作りなんかするな! って散々言われて来たんですよ」

「あらまぁ。随分変わったお兄さんね」

 その言葉に一同がドッと笑い、穣は思わずパチパチと拍手し、釣られて他の面々も拍手する。

 皆の反応に戸惑うセフィリア。なぜ拍手なんてするの? と思っていると剣菱が「良く言って下さいました!」と満面の笑顔で言い、穣も「いやマジで、ホントに変わってるんですよ!」そして駿河も「凄い人なんです、本当に……」

 ターさんは苦笑して「皆がそこまで言うって、どんだけ凄いんだ!」

 その言葉に皆、再びアハハと笑い出す。

 上総が笑いながら「あの甲板での十六夜兄弟大喧嘩を思い出しちゃった……」と言うと、駿河が「あれな……」と言い、総司も「同じく思い出した……」と笑う。

 キョトンとした顔で皆を見ていたセフィリアは、ちょこっと首を傾げて「色々大変なのねぇ……」と呟く。

 カナンは透と穣を見て「あ、君達の長男という事は、護君の長男でもあるのか」と言い、少し不思議そうに「……そんなに変わった人なの?」

「はい!」

 ほぼ全員が一斉に大きく頷き、思わず笑ってしまうカナンとセフィリア。

「凄いな、満場一致とは!」

 ターさんは腕組みして

「うーむ! 俺もその凄さを実際に見てみたいぞ、噂の長兄、満さんに会ってみたーい!」

 穣は物凄く苦い顔で「いやいや」と手を振り

「まぁ、いつか機会があれば……絶対オススメはしないけど」 

 その時、突然「あっ!」と周防が声を上げ、皆、反射的に周防を見る。

 周防は眉間に皺を寄せて辟易したような顔をしながら

「あぁ、いや、その、ちょっと過去のトラウマが……」

 フゥと大きな溜息をつくと

「あの長男も凄いけど、製造師の十六夜先生も凄いので……。私がイェソドに行ったと知れば、有翼種の情報を持ち帰って来た筈だと勘繰って……、あの人、管理さんと一緒にSSFに突撃して来ないといいなぁ……」

「……」

 一同、何とも言えない苦い顔をして思う。

 ……過去のトラウマって事は、突撃されたのか……。

 周防が言う。

「いや確かに情報は得たので、分かった事は管理さんに報告しますけどね、ちゃんと報告するから強行突入だけはやめて欲しい……せめて電話かメールに留めてくれと」

「……」

 凄いな……と皆が心の中で周防に同情していると、駿河が辟易した顔で呟く。

「管理のウザさは嫌になる程、知ってますが、そこにあの満さんより凄い人が加わるって、辛すぎる……」

 溜息をつく駿河を見ながら総司が言う。

「霧島研を鉱石弾でふっ飛ばしてしまいたい」

 すると周防が「建物をふっ飛ばしちゃイカン。あそこには人工種の重要資料が……」と言い掛けて、ふと「そもそもこれ、霧島研に見つかるとマズイかもな」と言ってテーブルの上の複写冊子を手に取る。

「これは図書館で見つけた本の複写を冊子にしたもので、ダアトの御剣人工種研究所を建てた御剣さんが書いた本の複写なんだ」

 図書館での事を知らない面々が「へぇ」と驚いた顔をする。

 総司が「もしかして管理にとって都合の悪い事が書かれているとか?」と尋ねると、周防は「んー……」と暫し黙って考えてから「都合の良い事も悪い事も書いてある。だから管理がこれから人工種との関係をどうしたいかによって、この情報の使い方も変わる。相手の出方次第って所かなぁ……」

「なるほど。ちなみに管理さんって物事都合よく解釈するじゃないですか」

 周防はパンと手を打って「そうなんだよ」と総司を指差し、「だからなぁ……」と渋い顔で呟いて、不安を流すようにちょこっと石茶を飲む。

 シトロネラが皆に向かって「ねぇ、例えばだけど」と言い

「戻ったら管理さんが『よく戻って来たねー』って涙流して大歓迎したらどうする?」

 穣が「いやそれメッチャ気持ちが悪い」と身を縮めて身体をブルブルと震わせると、周防がシトロネラを見て

「いや、でもな、管理の内心は、そうだと思うぞ」

「そう、って?」

「つまり内心では帰って来なかったらどうしようと不安で心配で、だから戻ってきたら内心密かに喜んでいる筈」

 マゼンタや上総達が「えぇー?」と懐疑的な声を上げ、シトロネラも「そうかなぁ」と首を傾げる。

 穣が周防に言う。

「んでもそれって自分らが管理として人工種をこき使えるからっしょ?」

「まぁな?」

「じゃあ言う事聞かねぇワガママな人工種は帰ってくんなって事じゃないの」

「まぁ」と周防が言い掛けた所で、ジェッソが言う。

「しかしイェソド鉱石を採る主力の採掘船が2隻も戻って来ないと今後困るから」

 穣が続きを遮って「いや残り3隻いるやん」と言い「ワガママな2隻より、言う事聞く3隻っていう。そもそも最初はアンバーがワガママで、黒船は管理の言う事聞くイイコで、アンバーがおサボりしてた時、黒船は管理の為にアンバーの分まで頑張ったわな? それと同じ事が起こる訳よ」

「ああー……」

 ジェッソはガックリと脱力して項垂れる。

「そうか従順な3隻に皺寄せが行くのか……。それで2隻が帰って来なくても問題無いと……」

 穣は「まぁ、どこぞの満が張り切って頑張りそうだから別にいいけどブルーのメンバーは死ぬかもな」と皮肉な笑みを浮かべて言い、ジェッソに向かって「まぁ茶でも飲めや」と苦笑する。

「……」

 とりあえずジェッソは自分の石茶を手に取り、チビリと飲む。そこへ入り口側のテーブルから駿河の声。

「……満さんが張り切ると、武藤船長も大変そうな……」

 剣菱は、ふと駿河の方を見て言う。

「あの人とたまに本部で出会うけど、ヒョロッとしてて気弱そうな割に、よくブルーの船長、続けてるよな」

「いや、気弱に見えるし本人も気弱だと思ってるんですけど実は頑固で気が強いっていう」

「ほぉ?」

「武藤と俺は航空船舶大学の同期なんですが、あいつ地方の出身なんで昔は方言と訛りが酷かったんです。怒ると訛り全開になるので何言ってるかワカランけど迫力は凄いっていう」

 その言葉に皆、笑ってしまう。

「ブルーに入って、当時採掘監督になりたての満さんに散々指導されて訛らなくなりました。まぁそのー……あの時のブルーアゲートもなかなか凄い時代でしたよ、はい」

 苦笑いする駿河。

 剣菱が「どんな風に?」と突っ込むと、駿河は「まぁ……」と言葉を濁して「ちなみに俺が三等でブルーに入った時、武藤は色々あって進度が遅れて研修生としてブルーに入れられて……、そのままずっと1年間、研修生のままブルーに乗ってたという」

「ええ? なんで?」

 駿河は非常に言い難そうに

「……あの頃の自分はまだ未熟で非常に反抗的な操縦士だったもので……、船から降ろすぞという圧力に屈しなかった為に、実の所は三等が二人という異常事態に」

「ほぇ?」

 剣菱は目を丸くして駿河を見る。

 透が横から「俺、ブルーに居たから知ってる」と言い、駿河を指差して「反抗というか、今から見れば真っ当な事を言ってましたよ。むしろ護の方が長兄の影響で変な事言ってたし」

 穣が「だろうなぁ」と言い、剣菱は、やや唖然としつつ

「もしかして、気弱に見える研修生に『ウザイ三等を追い出せば、お前が三等になれるぞ』っていう事か?」

 駿河は「まぁ」と言葉を濁すが、透がハッキリ「うん」と言って頷く。

「……それイジメやん……」と呆れる剣菱。駿河は苦笑いして

「まぁ1年粘ったら、なぜか黒船にぶっ飛ばされました」

「それは正解だったと思うが、そんな反抗的な奴をここまで静かにさせるって、黒船も凄かったんだな」

 その言葉に一同苦笑。

「あぁもう……」剣菱は天を仰いで悲痛な叫びを上げる。

「人工種管理も採掘船本部もダメじゃねぇかー!」

 ジェッソが憂い顔で「仕方がありません。本部は人工種を管理からレンタルしてるようなモンですから、管理には頭が上がらない」と言い、駿河もボソッと「船長もだけどね……」と呟く。

 剣菱はパンとテーブルを軽く叩いて

「とりあえず人工種が鉱石採らんと人間困るのに、……って人工種が鉱石採らなくなったら困るから、何としてでも採掘船に縛り付けて自由にはさせないというのが管理や本部の理屈なんだが、ならばイェソドで採掘させてくれたら楽だし自由な時間も増えるのに、しかし有翼種との関係上、ダメっていう……」

 ハァー、と巨大な溜息をつく剣菱。

 その場が重苦しい雰囲気になった瞬間、ターさんが強い口調で皆に言う。

「一つ言わせて。有翼種の視点で言うと、大事な事が抜けてるんだよ。あのさ皆、俺、護君と出会ってからずーーーっと思ってるんだけど、人工種が採掘しないと人間が困るのに、何で人工種は人間に対して弱気なのー! っていう。おかしいじゃん!」

 剣菱と周防は「うむ!」と頷き、穣は自分の首のタグリングを指差して言う。

「まぁコレで脅されてたからさ……」

 ターさんは穣を見たまま暫し黙り、少し苛立ちつつ語る。

「実は俺ね、護君と出会った最初の頃、人間ってホントに酷いんだなって思ってた。だってあの時の護君は、痛々しいほど怯えてて物凄い謝罪祭りで、戻らないと迷惑がとか皆に迷惑かけまくって申し訳ないとか……。不慮の事故で川に落ちてそこまで責められるってどんななの? って思ったよ。まぁ確かに迷惑はかけちゃうけど、普通は生きてて良かったになるじゃん! なのに事故とはいえ自分が悪くて皆に迷惑かけたから殺されるとかって、もぅ……人工種って一体どんな世界で生きてんのかと思った」

 透が神妙な顔で「あの時の護、やっぱりそんなだったんだ……」と言い、穣は焦るように「ちょ、ちょっとだけ弁解してもいいか」と言って申し訳なさそうな顔でターさんに言う。

「護がそんなになったのは、長男の満が原因で」

「何で弁解するの?」

「いや、ウチはちょっと特殊で」

「つまり製造師や満さんから、護君を守れなかった事に弁解してるって事?」

「えっ?」

 ターさんは穣を指差して、

「俺、貴方も相当苦労したと思うんだけど。親と長男から弟達を守る為に。だからハチマキしてんだろ?」

「……」

 目を見開く穣。驚きで言葉が出て来ない。ターさんはニコッと笑って

「でももう守る必要は無いって頭では分かってる筈なのに、無意識に弁解が出てきちゃうって事は、それだけ貴方が弟を守ろうと頑張って来たっていう証なんだな」

「あ、あぁ……」

 ……凄いなターさん。俺の苦労を見抜いた……。

 目頭が熱くなるのをグッと堪えて笑みを作り、「そうだな……」と呟く。

 ターさんは穣から視線を外し、他の皆を見ながら話を続ける。

「とにかく俺は最初の頃、怯える護君に対してどうしたらいいのか分からなくてさ。とりあえず一緒に採掘に連れて行ったんだ。そしたらすっごい楽しそうな顔するんだよ。だからもうこのまま一緒に暮らしちゃえと思って。元気になってホントに良かった」

 上総が「あ、あの」と右手を挙げて話に割り込み、「カルロスさんは最初どんな感じだったんですか?」と質問する。

「カルさんは……護君ほど酷くは無かったよ。まぁ仲間の護君が居たからだろうけど。でも最初全く食欲が無くて、二日か三日位何も食べなかったな。……カルさんは何か、んー」と少し考えて「最初見た時、凄いしっかりした人だなと感じた。芯が一本通ってる感じ。だけどそれがガッチガチに固まりすぎて無表情な人形みたいになってるって感じ。それが護君と一緒に採掘してる間に柔らかくなった。不思議だよねぇ……」

「そうですか……」

「うん。まぁとにかく、思うに管理の人ってホントはビクビクしてる筈だよ? だってそのタグリングって、恐いから着けたんでしょ? だったら人工種はもっと強気になろうよ!」

 上総が不思議そうに「恐いから着けた……?」とターさんを見ながら問い返す。

「うん、なんか人工種を自由にしたら危険だって勝手に決めつけて、恐いから縛ったみたいな感じがする」

 マゼンタが真面目な顔で「確かに危険だよね爆破とか怪力とか」と言い、「危ない事されたくなければ大事にしたらいいのに。大事にしたくないから縛るのかなぁ」

 ターさんは「そもそも大事にする、という事の意味、解釈が違うんだな」と言ってから「管理さん的には大事にしてるんだよ、首輪を着ける事が」

 マゼンタはハッと霧島研での事を思い出し、「ああー!」と大声を出して納得する。

「そう、霧島研で言われた! こんなに大事にしてんのに困った事しやがって、と!」

 それから「ん?」と首を傾げて

「すると……、なんかよく分からないぞ。管理は一体何が恐いの? 俺達、首輪を外しても危険な事はしないよ?」

 ターさんは「そういう恐さじゃないんだな」とポツリ。

 ジェッソがボソッと呟く。

「プライドかな」

 穣も「プライドだろうな」と言い

「だから管理っていう、上の立場に居る訳だしな。……だからなかなかムズイんだよなぁ……」

 皆が黙り、その場がちょっと静かになる。

 カナンが口を開く。

「……昔、私の製造師の神谷さんが言っていたんだけどね。人間には『自分達は劣っている種族だ』という根深い思い込みがあると。有翼種と比較して、飛べない、寿命が短い、イェソドエネルギーに弱い、だから自分達はダメだと。それで必死に『下を作って上に立とうとする』と」

 駿河が「……何となくそれ分かるなぁ……」と呟き「有翼種や人工種の能力って凄いし、ちょっと嫉妬することも……」と言うと、カナンは「嫉妬は誰にでも起こるもんです。その自覚があればいいんです。焦点となるのは『下を作って上に立とうとする』という所、つまり人工種は人間が作ったものだという所ですが、例えばね、子供が成長して親を越えて行く時、親もやっぱり嫉妬とか劣等感とか感じる場合があるんですよ。それでも子供が成長した喜びに目を向け、ネガティブな感情は自分の中で解決する。それが精神的成熟ってもんですけど、それが出来ない方もいる」

「はぁ。それが、管理……?」

 怪訝な顔の駿河に、剣菱が言う。

「管理もそうだし、アンタの前の船長とかも」

 駿河は「えっ!」とビックリ仰天して「あの人に劣等感が!?」と叫ぶ。

「そうじゃなかったら威張り散らさねぇだろ! やたらと上に立ちたがるって事は、そういう事だ!」

「でも堂々としてて、そんな感じは全く……」

「だって恥掻く事が少ねぇからだよ、部下がイイコばっかりで。下に純粋で真面目で忍耐強いアンタみたいな奴しか居ねぇんだから堂々と出来る訳さ、無理難題言っても通るし成果は上がるから本部にもドヤ顔出来るしな! ……しかしそれが仇となって、あの人は素直に黒船を降りるしか無くなった。降りたくないとゴネれば『立派な船長』のイメージが壊れるからな! みっともない恥を掻くのに耐えられないから素直に堂々と降りて行った、本部もそれを見越してアンタを船長にした訳さ」

「……」

 唖然としたまま剣菱を見つめる駿河。

 剣菱はハァと溜息をついて駿河を指差し、ジェッソや昴達に言う。

「この人、相当あの船長に洗脳されたなー」 

 ジェッソは「まぁ我々も……」と渋い顔。昴も「同類です」と言い夏樹も頷く。

 剣菱は「恥を掻くのは誰だって嫌だが、自分は完璧とか凄いとか思ってたら恥が物凄く怖くなる。管理対策の難しさはそこなんだよ、彼らの恐怖は恥の恐怖、人工種と対等になる事は自分達が下に落ちる事と同義になっているから、恐いって事ですよね?」と言ってターさんを見る。

「はい!」と頷くターさん。

 駿河は「……そう、かぁ」と悩み顔で腕組みし、ウーンと何やら考えてから、腕組みを解いて剣菱に言う。

「だけど人工種を縛ったら人間だって苦しいですよね。相手が苦しんでんのに自分達だけ幸せにはなれない」

 途端にカナンが強い口調で「いや幸せになっていいんですよ! 自分らが苦しいから相手にも『お前も苦しめ』となる訳で」と言い、「えっ」と驚いた駿河はカナンを見て尋ねる。

「ってことは管理も苦しいって事ですか?」

「んー……」

 カナンは少し考えてから「苦しみを感じないようにしている、とは言えるかもしれないねぇ」

「というと」

「自覚できるのは、それを受け入れられる器があるから。受け入れられないと、逃げてしまう。壊れるから」

「あぁ……」

「ただ、さっきも言ったけど、自覚が無いと変化って起こせないんですよ。……例えば身体のどこかが病気になったとして、何の症状も無ければ病気に気づけないでしょう? 痛みや違和感があって初めて自覚する、それと同じように、苦しさというのは、元々自分の中にあった苦しみが、何かの刺激によって喚起されたという事なんです。それで初めて『ああ自分はこういう事が苦しかったんだ』と分かる。だから仮に貴方が自分にとって幸せな事をしたとして、それで誰かが苦しんだ場合、それはその人に苦しさを自覚させたという意味では良かったとも言えるんです。そこからどうするかはまた別の話ですが。とりあえず、自分を幸せに出来ない人は他人も幸せに出来る訳が無いんですから、まず自分が幸せになる事!」

「は、はい」

 少し微笑した駿河は、何やら感慨深げに「そうですね……」と呟く。

 穣が言う。

「例え管理が苦しんだとしても、俺達は自分らの幸せの為に声を上げなきゃならねぇ」

 マゼンタも言う。

「そうだ! 管理が困っても怒っても、もう言いなりにはならない!」

「とはいえ……」と言って駿河は短く溜息をつくと

「正直、俺はあまり力の無い船長なので、管理に反抗すると船長降ろされる可能性が」

 すかさずジェッソが駿河を指差し「アンタが首切られたらストライキですよ!」

 剣菱も「うむ」と頷く。

 総司が「待った」と声を上げて

「そんな下らないストライキで無駄時間を費やす位なら、駿河さんを連れてイェソドに行きましょう!」

 マゼンタが「そうだそうだ」と言い、上総と透も「そうだー」とマゼンタの言葉に乗る。

 ターさんはニヤリと笑って

「もう皆、イェソドに住んじゃえ」

 上総が「そうしたい……」とションボリすると、穣が「ションボリすんのはまだ早え!」と活を入れて「今、護がターさん家の近くに家を建てるって頑張ってるけど、それが出来れば採掘船の拠点になっていいよな」

 そう言って石茶を手に取り飲もうとした途端、透が言う。

「そこに人工種の街つくって、穣が人工種の長になるんだよね」

「はい?」

 驚いた穣は石茶を飲むのをやめて透を見る。

「だってケテル行く時の道中、言ってただろ」

 ターさんがパンと手を叩いて「あぁ何か言ってたな!」と穣を指差す。

「いやアレは冗談で」

「長になるにはまず人工種の街を作らないとね!」

「むぅ?」

 穣は唸ると「んー、そしたらまず人工種製造所を」と言った所で「あっ! そういや周防先生、人工種だけで製造所を建てたいと言ってましたな!」と周防を見る。

「うん」

「護の家の隣にSSFの支店作っちまえばいいんだ」

「支店!?」

 周防は苦笑し「いや店じゃないんだから……」

 カナンが「いいねぇ」と微笑み「するとアッチとコッチで行き来して色んな情報を共有できるし、人工種の研究が捗るね周防さん!」

「それはそうですが……、ちなみに皆さん。もしかしたらいつの日か人工種は『人工』じゃなくなるかもしれないぞ?」

「?」

 皆、怪訝な顔で周防を見る。

「人間や有翼種のように自然生殖が出来るようになるかもしれない。なぜなら人工有翼種は自然生殖が出来たから」

 マゼンタが「えぇ?」と驚き、シトロネラは「どゆこと?」と首を傾げ、穣は「……ってことは人工ヒト種になってから出来なくなったって事ですか?」と周防に尋ねる。

「うん、現にそこに人工有翼種の末裔さんがいらっしゃる」

 周防はターさんを指差し、「えっ」と驚く穣達。

 駿河と剣菱が同時に言葉を発して声が重なる。

「えっ」「えっ」「ターさんって」「人工種だったの?」

 周防が慌てて「いや、人工種ではないよ、末裔」と言い、ターさんも「俺、有翼種だよー! 単に先祖に人工有翼種がいるってだけだよ。そんな人いっぱいいるよ」

 穣は「待て待てキチンと説明されんとワカランっす!」と言い、ターさんは「つまり人間と純血有翼種の間にできた人工有翼種と、混じりっ気のない純血有翼種との間に出来た、混血有翼種って事だー」と説明し、周防も「だから厳密に言うと、ターさんは人間の遺伝子がちょっぴり入ってる有翼種って事になる」と言って穣を見る。

「なるほど。それで人工有翼種の末裔って訳か」

 ターさんは頷いて

「うむ。単に純血有翼種ではないってだけだ」

 セフィリアが手を挙げて「ちなみに私は純血有翼種」と言い

「でも純血とか混血とか気にする人あまり居ないけどね」

「ほぉ……」